第5回 教えて、榊原先生!日米生活で気になる経済を専門家に質問

銀行の経営破綻

Q1. なぜシリコンバレーで銀行の経営破綻が相次いだのでしょうか?

榊原さん:ブロックチェーン、メタバース、AI といった最先端技術を活用する新興企業が集まったシリコンバレーが米国の好調な経済と金融を引っ張る一つの大きな要因だった点を考えれば、ちょっと皮肉な結果と言えます。今回の銀行破綻自体は、クラシックな経営不安が招いた取り付けによる流動性危機(資金繰り難)ですが、そこにつながる複数の背景設定があったとみられます。

まず、マクロ経済政策。新型コロナ禍で景気を支えるための大型財政政策と超低金利および量的金融緩和政策により、いわゆる金余り的な状況がありました。そこに強烈なインフレ圧力の増大に対応する急激な金融引き締めを実施し、金利の急上昇を招きました。これが銀行等の保有する債券(とりわけ住宅ローン担保証券)の価値を棄損し、大幅な損失を生じさせたわけです。また、金利上昇から経済活動は鈍化して企業収益が悪化し、金融ビジネスも厳しくなっていました。

こうしたマクロ環境は必ずしも米国だけのことでもないですが、米国の銀行への影響をより大きくしたのは、トランプ政権時代の規制緩和があったからだといわれています。シリコンバレーバンク(SVB)などが含まれる中堅銀行に対する金融規制改革法(ドッド・フランク法)の適用を緩めたことによるプルーデンス(金融システムや金融機関の健全性・安定性を重視する配慮)の欠如です(注)。規制緩和も追い風にしたバブル的な状況の巻き戻しには、大きなストレスがかかりやすいでしょう。

(注)特に、資産規模が2500億ドル以下で預金による資金調達が大半の銀行は、潜在的な資金流出に対処するための「流動性カバレッジ比率」を満たす要件から除外され、また、FRBによるストレステスト(健全性審査)も年1回から2年に1回へ減らされた2018年の改正。対象が以前の連結総資産「500億ドル以上」から5倍まで引き上げられた。この緩和がなくても今回の破綻を防げたとは限らないが、少なくとも警鐘が鳴らされ、事前の対応が働いた可能性はあっただろうと指摘される。

ハイテク系産業に強みを持って成長したSVBなどの銀行は、成功した新興企業からの比較的少数の大口預金という集中的な資金構成だったとされます。その点は、まさにリスク管理の意味から非常に脆弱な構図でした。そして現代のネット社会で、こうした銀行への預金者である業界内で新興企業の経営陣がSNS等で銀行経営の不安な情報をシェアしだすと、資金移動の取り付けは瞬く間に広がったようです。

端的には、シリコンバレーだからこその金融活動の特性やトランプ政権の法改正、現代的なSNSによる情報共有の速さが米国で合わさっての破綻劇だったといえるように思います。このシリコンバレーを中心とした金融不安の発生は、シリコンバレーの成長神話が少なくともいったんは陰る可能性を示しているかものしれません。

Q2. クレディ・スイスの経営不振もありましたが、日本の銀行は大丈夫でしょうか?

榊原さん:クレディ・スイスの経営不振はまた全く別の問題だったといえます。確かに、急激な金利上昇による保有債券の評価損拡大という一つの材料は共通ですが、そうしたマクロ要因以前にもっと直接的な経営の杜撰(ずさん)さという固有の原因を抱えていました。

SVBの破綻で保有債券の評価損による悪影響という金融不安が広がる中、経営の脆弱な金融機関に対する懸念が生じます。クレディ・スイス破綻の引き金は、9.9%を保有する筆頭株主のサウジ・ナショナル・バンクによる追加出資はしないとの表明です。保有比率が規制対象になるのを避けたい事情からでしたが、この言動が心配を増幅して株価を暴落させ、スイス中央銀行が救済を決断する事態まで追いやってしまいました。

では、なぜ経営の脆弱な金融機関として懸念の対象になったのかと言えば、それまでに経営の信頼性を傷つける不祥事や巨額損失などが続いた点があります。ブルガリアの麻薬取引に関わるマネーロンダリング(有罪が確定)、顧客情報の漏洩問題、投資先だったグリーンシル・キャピタルの破綻による損失、融資先だったアルケゴスキャピタルの倒産による損失などがあり、非常に厳しい収益状況だった2022年の秋にはSNSで経営不安の標的にもされました。金利上昇などには無関係とまでは言えませんが、そうしたマクロ環境とは別次元の材料が大きく作用していた面を否定できません。

それを踏まえたうえで、日本の銀行は大丈夫かを考えると、総じて大手行は大丈夫との理解ではないかと思われます。筆者は銀行アナリストではないため、詳細を見ていないと分からない見落としがあるかもしれませんが、収益状況は絶対的に堅牢だとまで言えないにしても、連続して不祥事や巨額損失が明るみに出たり疑われたりして不安の対象になりそうな大手金融機関は見当たりません(アルケゴスの件では野村證券が取りざたされましたが)。

もっとも、地方銀行などの中小金融機関に対しては、地方経済の相対的な停滞感やゼロ金利環境下の収益機会が乏しい中、そもそも再編が必要との認識が高まっています。日本も含む世界的な金利上昇による保有債券の評価損が追加的ダメージになっている可能性や、今後の展望においてその危険性が指摘されるのも自然なこと。昨年12月末時点で地銀と第二地銀の計99行のうち債券運用で含み損を抱えていたのは64行で、59行だった9月末から状況が悪化したと報告されました。9月末時点では、その含み損が株式その他の含み益を上回ったのが3行だけあったようです。

金融当局もこの状況を注視している様子で、日銀は今年度の金融機関の経営状況に関する考査として、金利動向の変化に伴った有価証券の評価損リスクを中心に4年ぶりの立ち入り点検をする方針だと発表しました。まだ完全に収束したとは言えない様子のグローバル金融不安の展開とともに、日本では特に地方銀行の動向が注目されます。

先生/榊原可人(さかきばら・よしと)
Soleil Global Advisors Japan株式会社の取締役。主にファンド商品の投資仲介業務に従事。近畿大学非常勤講師(「国際経済」と「ビジネスモデル」を講義)。以前は、米系大手投資銀行でエコノミストを務めた後、JPモルガン・アセット・マネジメントで日本株やマルチアセット運用業務などに携わる。

 

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