第6回 小西一禎の日米見聞録 マイノリティーになって見える景色とは?

デイリーサン・ニューヨークが産声を上げた2003年9月以後も、日米両国は政治、経済、スポーツ、文化などの各分野で交流を続けてきた。多くの人が往来し、その過程で印象的な言葉が紡ぎだされてきた。今回は20周年企画の前半として、二人の日本人スーパースターが残した名言を紹介する。
「外国人になったことで人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですよね。この体験というのは本を読んだり、情報を取ることができたとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので」【イチロー選手、2019年】
日本での引退試合を終えた後の記者会見。あのイチローさんが、最後の質問で残した実に含蓄深い言葉だ。米国はじめ海外で一度でも暮らした経験を持つ日本人であれば、心に響いたのではなかろうか。当時、初めての国外暮らしとなる米国在住だった私。日本にずっといたら、珠玉の言葉を右から左に完全に聞き流していたと確信する。
日本プロ野球が生み出した至宝・イチロー選手が渡米したのは、2001年のシーズン前のことだ。7年連続の首位打者、5年連続で最多安打、3年連続MVPと輝かしい成績をひっさげて、シアトルマリナーズに入団。パワー全盛だった当時の球界に衝撃を与えたスピード感やバットコントロールに加え、肩の強さでもインパクトを残した。
ルーキーイヤーながら、首位打者、盗塁王、新人王、MVP、ゴールドグラブ賞と幾多のタイトルを獲得。2004年には、84年間破られていなかったジョージ・シスラーのシーズン最多安打記録を大きく塗り替える262安打を放った。
日本で頂点を極め続けたイチローさんですら、世界最高峰のMLBでは、一人の外国人選手として位置付けられる。どんな日本人でも、日本国外に出た途端、自国人であるマジョリティーから外国人というマイノリティーの一員に否応なく組み込まれる。
マイノリティーとなった自らを客観視し、「今までなかった自分」と独特の言葉を用いて表現。マイノリティーとして生きることで、他人に寄り添いながら心や痛みを理解するまでに至ったことこそ、まさに自分自身が体験してみないと分からない。
この言葉の後には「孤独を感じて苦しんだこと、多々ありました」とも述べている。外国人として生きる経験は、孤独感にさいなまれることもあるものの、何とかして乗り越えた時に得られる対価はかけがえのないものではないだろうか。
「今日一日だけは憧れてしまったら超えられないので、僕らは今日超えるために、トップになるためにきたので、今日一日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけ考えていきましょう。さあ、いこう!」【大谷翔平選手、2023年】
日本が3大会ぶりの世界一に輝いた今年春のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)。米国との決勝を直前に控えたロッカールームで、スーパースターの大谷選手が周囲を鼓舞した言葉に、心を激しく揺さぶられた日本人は極めて多いことだろう。
「僕からは一つだけ、憧れるのはやめましょう」と切り出し、エンゼルスのマイク・トラウト選手ら米国チームにいるMLB超一流選手の名前を挙げた。あくまでも勝負に来たのであり、米国の選手に憧れるのではなく、プロ選手として正面から対峙した上で、優勝をもぎ取ろうと戒めた。
2018年のシーズンから米国でプレーし、特大ホームランの連発とうなる快速球で三振を次々と奪取する二刀流で全米を熱狂させてきた。日頃からスーパースターと対戦し、米国で確固たる地位を得た大谷選手ならではの、力が込められた言葉だ。
これは何もスポーツに限った話ではない。ともすれば、世界で戦うにあたって欧米コンプレックスに陥りがちな日本人全体に向けられた、極めて貴重な指摘とも受け止められよう。相手に憧れたり、過度なまでの敬意を抱いたりしてしまうことなく、日本人として堂々と相対しましょう、との大谷選手からの力強いエールと捉えられる。

小西 一禎(こにし・かずよし)
ジャーナリスト。慶應義塾大卒後、共同通信社入社。2005年より政治部で首相官邸や自民党、外務省などを担当。17年、妻の米国赴任に伴い会社の休職制度を男性で初取得、妻・二児とともにニュージャージー州フォートリーに移住。在米中退社。21年帰国。コロンビア大東アジア研究所客員研究員を歴任。駐在員の夫「駐夫」として、各メディアに多数寄稿。「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。専門はキャリア形成やジェンダー、海外生活・育児、政治、団塊ジュニアなど。著書に『猪木道 ~政治家・アントニオ猪木 未来に伝える闘魂の全真実~』(河出書房新社)。
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