連載1077 マアワビ、サケ、カキ—-などが食卓から消える!
海の中でも進む地球温暖化の深刻度 (完)
(この記事の初出は2023年8月22日)
「海の温暖化」はなにをもたらすのか?
では、このような海水温の上昇=海の温暖化は、どのように地球環境に影響しているのだろうか?
簡単に言うと、さらに地球温暖化を進めるという「悪循環」を引き起こしている。それをごく簡単にまとめると、次のようになる。
(1)CO2を中心とするGHG(温室効果ガス)によって気温が上昇→(2)海洋が熱を吸収するため海水温が上がる→(3)海水温の上昇により海水中に蓄積されたCO2と酸素(O2)が大気中に放出される
この(1)〜(3)は循環して繰り返されるので、さらに温暖化は進む。また、海水の温度が上昇して放出されるのはCO2やO2だけではなく、水蒸気も発生する。放出された水蒸気は上空で冷やされ、雲をつくって雨となって降り注ぐ。
水蒸気の大量放出が、海水温が26.5度以上になった南海域で起こると台風となる。そして、海水温が高くなればなるほど、台風は強大化する。
さらに海水温の上昇で懸念されるのが、「海洋酸性化」(Ocean Acidification)だ。大気中に増えすぎたCO2を海が吸収することで、本来、アルカリ性だった海水が酸性になってしまうことである。
この海洋酸性化もまた、海の生物の生態系に大きな影響を与えている。
カキが食べられなくなる日がやってくる!
海が吸収するCO2の量は、世界全体で排出される量の約4分の1に相当するとされている。そしてその量は、大気中のCO2の量の約50倍とも言われている。そのため、海洋酸性化はハイスピードで進行している。
海洋酸性化は、サンゴや、カキ、ホタテなどの貝類、エビ、カニなどの甲殻類といった、炭酸カルシウムで殻をつくる海の生物たちの成長・繁殖を妨げ、最終的に死滅させてしまう可能性がある。
すでに、北極海などでは海洋酸性化の影響が顕在化し、“流氷の天使”と呼ばれる「クリオネ」の餌となる貝の仲間「ミジンウキマイマイ」の殻が溶けたり、穴が開いたりする現象が報告されている。
また、食用ガニとして有名な「ダンジネスクラブ」(アメリカイチョウガニ)の幼生の体の一部が溶けてしまった例も報告されている。
そうした例のなかでも衝撃的なのは、日本人が大好きなカキが生育できなくなってしまったことだ。
アメリカの西海岸では、2005~2009年にかけて、カキの養殖施設での幼生の大量死が繰り返し起きた。この原因は、深海から湧き上がった酸性度の高い海水だった。
カキは夏に産卵し、生まれた幼生がホタテの貝殻などに付着して1年から3年ほどかけて成長する。この間、幼生は炭酸カルシウムの殻をつくるが、酸性の海水だと殻が溶けてしまって死んでしまうのだ。
まだ、日本ではこうしたカキの幼生の大量死という顕著な例は報告されていない。しかし、養殖業者や研究者は懸念しており、瀬戸内海や三陸などで調査・研究が行われている。
もし、このまま海洋酸性化が止まらなければ、いずれ日本のカキは死滅し、食卓から消えてしまう可能性がある。
大規模酸性化が起こった5600万年前の教訓
地球温暖化とそれに伴う海水温の上昇は、新生代、いまから5600年前に最大規模のものが起きている。「暁新世−始新世温暖化極大」(The Paleocene–Eocene thermal maximum:PETM)と呼ばれる現象で、このとき、アイスランド近くの海底で起こった大規模な地殻変動より、大量のマグマとCO2が排出された。
研究調査によると、そのときの大気中のCO2の濃度は現在の4倍に達し、地球の平均気温は5〜9℃上昇したほか、海洋酸性化も起こった。そして、それが終息して、地球が元の状態に戻るまでに17万年もかかったという。
「NHKプラス」のネット記事『海の幸が食べられなくなる?「海洋酸性化」』では、東大の研究者による「なぜ地球は回復(フィードバック)したのか」というメカニズムを取り上げて解説している。
ここではそれを説明しないが、要点はフィードバックに17万年を要したのだから、海水温上昇による酸性化が起これば、それは人間の歴史的な時間では取り戻せないということだ。
もう温暖化阻止は無理かもしれない。
(了)
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山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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