ホイットニー美術館で開催されているエイミー・シェラルドの絵画展は、今シーズンで最も話題に上っている展覧会の一つだろう。アーティストを知らなくてもファーストレディー、ミシェル・オバマの肖像画のイメージは記憶に新しいはず。またはファッション誌ヴォーグ、ヴァニティフェア、バザールなどの表紙を飾った、その印象深い絵を街のキオスクなどで見たことがないだろうか。

◆ 日常におけるアメリカ人を描いて
一貫して黒人の肖像画なのだが、描かれた人物は驚くほどスタイリッシュな着こなしで、凛とした表情がなんとも印象的だ。シェラルドが制作する肖像画は、まず被写体を選び、スタイリングし、写真撮影をした上で、画面を制作していくという方法だ。具体的なモデルとなっているのは、ワシントンD.C.のナショナル・ポートレート美術館から制作依頼されたミシェル・オバマや、2020年3月にケンタッキー州の自宅アパートで警官の誤認により射殺された当時26歳のブリオナ・タイラーのほか、シェラルド自身が選ぶ「普通」だというアメリカ黒人だ。

例えば、郊外の家と自家用車の前にカップルが描かれた作品「アズ・アメリカン・アズ・アップルパイ」(2020年)はタイトル通り、これぞアメリカ的といった風景だし、赤く塗られた背景の中央に佇む女性像には「彼女には内側と外側があった。そして突然、それを混ぜない術を知ったのだった」という詩的なタイトルが付けられている。その鮮やかな色彩とパーフェクトにスタイリングされた抜群のセンスに釘付けになるほどだが、それとは裏腹に、画面にはどこか空虚で乾いた空気が漂うのだ。その空虚さは、20世紀のアメリカ美術を代表する画家エドワード・ホッパー(1882―1967年)の作品に描かれたアメリカの都市の孤独や静寂さを思い起こす。シェラルドが自らを「アメリカン・リアリスト(アメリカ写実主義者)」と位置づけているように、ホッパーやアンドリュー・ワイエスのように、絵画を通じてアメリカを語るという。もちろんホッパーがアメリカの白人を主に描写していたことを除けば。シェラルドの肖像画の人物たちは、どこか無関心にも見える視線でこちらを見つめているが、その中には豊かな内面の世界が垣間見える瞬間がある。
◆ この世界で見たいイメージ
エイミー・シェラルドは1973年ジョージア州コロンバス生まれ。プライベート・スクールに通い、97年に同州にある歴史的なクラーク・アトランタ大学で学士を取得。その後メリーランド芸術大学で抽象表現主義画家から学ぶ。その頃から自伝的要素の強い作品から、文化史や身体表現へと関心が移り、シェラルド絵画の特徴が構築されている。特に、肌の色をグレースケールで描くグリザイユという手法によって「肌の色=人種」という概念の挑戦が始まった。観る者に、人種ではなく「人間性」に目を向けさせるように。また数々のアーティスト・イン・レジデンスも経験し、2016年にはワシントンD.C.のナショナル・ポートレート・ギャラリーが開催する「アウトウィン・ブーチェバー肖像画コンペティション」で第1位を受賞。そして2018年に同美術館からファーストレディのミシェル・オバマの公式肖像画の制作を委託されたことで一躍注目を集めた。45歳の時だ。

canvas. (137.2 × 109.2 × 6.35 cm). The Nelson-Atkins Museum of Art, Kansas City, Missouri. Lent by Bill and Christy Gautreaux Collection, Kansas City, 21.2023. © Amy Sherald. Image courtesy of Nelson-Atkins Digital Production & Preservation, Gabe Hopkins & Dana Anderson
アーティストとしての道は順調ではなかった
現在ではCNNのアンダーソン・クーパーや著名なコレクターに作品が所蔵されているが、それまでの道のりは簡単ではなかった。朝8時から午後3時までアトリエで制作し、その後深夜12時までレストランで働くという生活は30代半ばまで続いた。「長い間、ずっと貧乏でした。でも、自分自身を信じていたし、作品にも自信がありました。自分には何か特別なものがあると分かっていたのです。だから、若いアーティストたちにはいつもこう言います。世の中は途中で諦める人で溢れている。でも、諦めなければ、いつかは必ずトップに立てる。ほら、私がその証拠よ。じゃーん!」とNPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)のインタビュー(4月9日オンエア)で話している。
また、アメリカのアイデンティティに対する多様な概念を模索してきたシェラルドは、そのすべてを南部にルーツを持つ家族の歴史と重ね合わせている。「展覧会タイトルのアメリカン・サブライムを考えると、1935年アラバマ州で生まれ、2025年を生き抜くまでに至った母のことを思い出します。南部で育つということの美しさと恐ろしさ、その両方を思い起こすのです。―中略―今私たちは“抹消”について毎日のように語らざるを得ません。だから私が描くひとつひとつの肖像画が、アメリカ史や黒人アメリカ人の歴史、そして黒人自身に対する攻撃に抗する“カウンターテロ行為”のように感じられるのです」と続けた。

Modern Art, Purchase, by exchange, through a gift of Helen and Charles Schwab. © Amy Sherald. Courtesy the artist and Hauser & Wirth. Photograph by Joseph Hyde Amy Sherald, She had an inside and an outside now, and suddenly she knew how not to mix them, 2018. Oil on canvas
本展で展示された約40点の大きな作品の中で、澄み渡る空のような青を背景にした男性のキスシーンを描いた「フォー・ラブそしてフォー・カントリー(愛のため、国のため)」(2022年)がある。これは、1945年タイムズ・スクエアでアルフレッド・アイゼンスタッドが撮影した写真「V―J Day(対日戦勝記念日)」(1945年)が基になっている。白い看護師風の服を着た女性が、戦地から帰還した水兵に突然キスされている瞬間が捉えられ、ライフ誌に掲載された、かの有名な写真だ。戦争終結の喜びと解放感、平和の訪れを象徴するイメージとオリジナルのストーリーに、現代における人種やジェンダーに関する新たな視点が加わる。「作品が周縁化されて、アイデンティティや人種だけの話題に矮小化されることは望みません。描かれた見た目の人々だけでなく、私たち全員が理解できるものとして、世界の中に存在してほしいのです」。本展でシェラルドのいう「私がこの世界で見たいと願うイメージ」は黒人の日常や尊厳、そしてストーリーを絵画というかたちで可視化されている。
エイミー・シェラルド「アメリカン・サブライム」展
Amy Sherald: AMERICAN SUBLIME
場所
Whitney Museum of American Art
期間
4/9(水)~8/10(日)
公式ホームページ
https://whitney.org/exhibitions/amy-sherald
梁瀬 薫(やなせ かおる)プロフィール

国際美術評論家連盟米国支部(Association of International Art Critics USA )美術評論家/ 展覧会プロデューサー 1986年ニューヨーク近代美術館(MOMA)のプロジェクトでNYへ渡る。コンテンポラリーアートを軸に数々のメディアに寄稿。コンサルティング、展覧会企画とプロデュースなど幅広く活動。2007年中村キース・ヘリング美術館の顧問就任。 2015年NY能ソサエティーのバイスプレジデント就任。
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