2026年2月3日 COLUMN 『It’s okay not to be okay 〜大丈夫じゃなくても大丈夫〜』

連載『It’s okay not to be okay 〜大丈夫じゃなくても大丈夫〜』小風華香が聞く心のケア 第5回

心のケア、あなたはどう考えていますか?

ニューヨーク在住の日本人コミュニティー、特に駐在員と帯同ご家族の皆様に向けてお届けするシリーズ。第5回は、レノックスヒル病院消化器科専門医の岩原誠先生に、「心のケア」の実態について聞きました。胃痛や腹痛、下痢、吐き気といった日常的な症状の背景には、ストレスや不安が隠れていることも少なくありません。心と体が密接につながる消化器領域だからこそ見えてくる、心の健康の大切さについて語っていただきました。

お話を聞いた人 岩原 誠先生

1、普段の診療で、患者さんやご家族の心の負担を感じるのはどんな瞬間ですか。そんなとき、先生はどのように声をかけていますか?

消化器の症状は、ストレスと強く結び付いていることが多いので、普段から「心の負担が背景にあるかもしれない」といった視点をもって診るようにしています。例えば、胃痛や腹痛、頻繁な下痢が続く人を診るときは、もちろん身体的な病気の可能性も丁寧に考えます。ただ同時に、ストレス要因が関係していないかも確認します。診察の中では、「最近ストレスはありますか」「仕事や家庭の状況はいかがですか」といった質問を、できるだけ自然な流れで入れるようにしています。すると、「上司に会うと胃が痛くなる」「ある場面になると急にお腹が痛くなる」といった、症状のスイッチになる場面が見えてくることがあります。

また、日本では胃がんの罹患数が多いこともあり、日本人の患者さんは胃腸の不調に対して敏感で、「重い病気だったらどうしよう」と不安を抱えて受診される人も少なくありません。さらにアメリカでは、一般の人を対象にした胃がんの標準的なスクリーニングガイドラインがないため、症状が出たときに「検査で確認しないと安心できない」と感じる人も多い印象です。必要な検査で大きな異常がないと分かるだけで表情が和らぎ、「それを聞いて安心しました」と言われることもあります。安心できること自体が症状を軽くすることもあるので、その影響の大きさを日々実感しています。

2、先生のご経験の中で、心のケアの重要性を強く実感した出来事はありますか?

数日間続く吐き気と嘔吐が止まらず受診された患者さんがいました。吐き気止めを試しても改善せず、血液検査、超音波、MRI、内視鏡など必要な検査を一通り行いましたが、結果として大きな異常は見つかりませんでした。そのとき患者さんは、「何か重大な病気が隠れているのではないか」という強い不安を抱えていて、その不安がさらに症状を長引かせているように感じました。検査結果を丁寧に説明し、「命に関わる病気の可能性は低いことが確認できました」と伝えると、患者さんの表情が明らかに和らぎ、その後、症状も少しずつ落ち着いていきました。

その後、改めて生活背景についてお聞きする中で、精神的な負担が非常に大きい状況にあることが分かりました。消化器内科では問診が特に重要で、症状そのものだけでなく、日々のストレスや生活の変化、人間関係、食事の状況などが診断や治療の方向性に直結します。この経験を通じて、原因を探すだけではなく、患者さんの不安や心の負担に目を向けること自体が治療の一部になり得ることを、改めて強く実感しました。

3、心の不調が疑われるとき、どのように他の医療機関や専門家と連携していますか?

正直に言うと、日本語で対応できるメンタルヘルスの専門家や支援先が十分に多いとは言えず、医療機関同士の連携もまだ整っていないと感じています。英語で対応できる専門機関は多くありますが、日本語で話せることが安心につながる患者さんにとっては、選択肢が限られてしまいます。患者さんが孤立しないように、医療としてできる工夫を続けていきたいです。

4、先生のクリニックでは、患者さんが安心して相談できる場をどのように作り出していますか?

私の診療所は、医師は私1人で、妻、看護師、秘書といった少人数のスタッフで運営している小さなクリニックです。その分、患者さんとの距離が近く、落ち着いた雰囲気の中で丁寧に診療できることが特徴だと思っています。実際に、「ここに来ると安心する」「リラックスできる」と言ってくださる患者さんも多く、そうした空気そのものが、心の負担を軽くしているように感じることがあります。また、継続的に関わることで、症状だけでなく生活背景や心理的な負担にも気づきやすくなります。私は医療機関は「病気を治す場所」であると同時に、「安心して話せる場所」「理解される場所」でもあるべきだと思っています。相談しやすい雰囲気があることで、患者さんが自分の状態を言葉にしやすくなり、結果的に早い段階で適切な対応につながることも少なくありません。

5、ご自身や身近な人が心の不調を感じたとき、どのように受け止めましたか。また、その経験は医療者としての姿勢にどのような影響を与えましたか?

私自身、身近なところで大きな心の不調を経験したことはありません。ただ、心の負担は誰にでも起こり得ることなので、症状の背景を決めつけずに、丁寧にお話をお聞きすることを大切にしています。

6、最後に、読者にメッセージをお願いします。

日本人は文化的に、心の不調について話すことに抵抗を感じる人が多いと思います。落ち込みや不安があっても、「こんなことを話していいのかな」「弱いと思われたくない」と感じてしまい、言葉にするのが難しいこともあります。でも、体に出ている症状がつらいときは、「消化器の症状だから消化器内科へ」「心のことは別の場所で」と分けて考えなくて大丈夫です。まずは今感じている症状やしんどさを、そのまま私に話してみてください。そこから一緒に、体の問題なのか、心の負担が影響しているのかを丁寧に整理していけます。必要があれば、精神科や心理の専門家の先生に紹介することもできますし、ストレスが消化器症状に影響している場合は、連携しながら両方を整えていくことも可能です。相談することが回復への第一歩となります。どうか一人で抱え込まず、まずは私に気軽に相談していただけたらと思います。

ナビゲーター:小風華香(Haruka Kokaze)

ワン・マインド(One Mind)/コロンビア大学メンタルヘルス+ワーク・デザイン・ラボ(Columbia University Mental Health + Work Design Lab)職場メンタルヘルスリサーチアソシエイト兼日本ストラテジー主任アナリスト スタンフォード大学病院 ハートフルネスフェロー

父の仕事の関係で東京、ニューヨーク、ヒューストン、ロンドンで育つ。幼い頃から、日本人駐在員とその帯同家族が精神的な困難に直面していること、また日本特有の価値観や人間関係を理解するメンタルヘルス専門家がアメリカでは十分ではないことを実感。現在はワン・マインドとコロンビア大学メンタルヘルス+ワーク・デザイン・ラボで、職場メンタルヘルスリサーチアソシエイトおよび日本ストラテジー主任アナリストとして、日本国内本社と海外支社の駐在員および帯同家族が直面するメンタルヘルスケアの課題に取り組む。同時に、企業とのパートナーシップ構築と成長支援にも注力している。2026年、ニューヨーク日系人会(JAA)の最年少理事に就任。兵庫県神戸市生まれ。

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