飛行機の機内で発生する「有毒な空気漏れ」が、乗務員や乗客に深刻な健康被害を与えていることが、ウォール・ストリート・ジャーナルの調査で明らかになった。問題は悪化しているにもかかわらず、ほとんど対策が講じられていないという。同紙が13日、伝えた。

ジェットブルー航空の客室乗務員フローレンス・チェッソンさんは2017年12月、プエルトリコ行きの便で異臭を吸い込み、直後から体調不良に陥った。薬を飲まされたような感覚を覚えたと振り返り、「私に何が起きたの?私に何が起きたの?」と繰り返し呟いていたという。その後、同僚の乗務員が倒れて嘔吐するのを目撃。着陸後、二人とも病院に緊急搬送された。チェッソンさんは翌朝覚めたとき、脳が燃えているような感覚に襲われたと振り返る。「誰かがガソリンをぶちまけてマッチに火をつけたような感覚だった」
アメフト選手が受ける激しいタックル後の状態に酷似
事件後の脳スキャンを担当した専門医は、チェッソンさんの脳の損傷パターンが、戦闘中にガスに曝露した兵士に見られる対称的な損傷と一致することを発見。数か月間にわたり症状が悪化した後、吸入した煙による外傷性脳損傷と末梢神経系の永続的損傷と診断された。担当医でピッツバーグスティーラーズのコンサルタントを務める神経科のロバート・カニエツキ医師は、チェッソンさんの脳への影響は化学的脳震盪に類似し、NFLのラインバッカーが激しいタックルを受けた後の状態と「極めて類似している」と話す。
カニエツキ医師は過去20年間で、航空機内の有毒ガス暴露後に脳損傷を負ったパイロット約12人と客室乗務員100人以上を治療してきた。別の事例では、デルタ航空を頻繁に利用し、プレミアムステータスの乗客が23年、脳にダメージを負っている。
チェッソンさんの事例は、10年以降に連邦航空局(FAA)に報告された数千件のいわゆる「フューム現象」の中でも特に「劇的」な一例だ。
有毒ガスの漏洩「フューム現象」、乗客用酸素マスクは役立たず
フューム現象は、ジェットエンジンの有毒ガス(神経毒や一酸化炭素、その他の化学物質)がフィルターを通さずにコックピットや客室に漏れる現象を指す。エンジンのシール劣化や整備基準の緩和が背景にあると推定される。漏洩は、航空機内で呼吸する空気がエンジン内部を循環する設計要素「ブリードエア方式」に起因。同方式は現在、ボーイング787を除くほぼ全ての民間ジェット機に採用されている。漏洩の匂いは「濡れた犬」「スナック菓子」「マニキュアの除光液」に例えられ、頭痛や吐き気から視覚障害まで幅広い症状を引き起こす。場合によっては緊急着陸を余儀なくされることもある。密閉されていない乗客用酸素マスクは保護機能を持たない。
米連邦航空局(FAA)は公式サイトで、フューム現象は「まれ」だと説明、15年の調査を引用して「航空機離陸100万回当たり33件未満」の発生率と推定している。この比率に基づけば、昨年米航空会社で発生したフューム現象は計約330件となる。
エアバスA320機で頻発
しかしウォール・ストリート・ジャーナルが10年から25年初頭までのフライトにおけるサービス障害報告を分析したところ、実際には24年にFAAが受けたフューム現象発生報告は、アメリカ大手15社だけでこの数値の2倍以上だった。発生率は近年急増し、14年には100万便当たり約12件のフューム現象が確認されていたが、24年までにその率は約108件に急増していた。特に世界で最も売れている航空機であるエアバスA320機(チェッソンさんが搭乗した機種)での発生率が急増しており、24年時点で混合機材を運用するアメリカ3大航空会社において、A320の報告率はボーイング737の7倍以上に増加していた。
エアバス機を主力とするジェットブルーとスピリット航空において増加が顕著で、両社を合わせたA320型機のフューム現象発生頻度は、16年から24年にかけて660%急増。航空会社は「安全を最優先」と主張する一方、内部文書では従業員が「死に至る可能性」を懸念していたことも判明。実際、乗務員やパイロットの中には慢性的な頭痛や神経障害を抱え、職を失った人もいる。
規制強化進まず、新たな有毒ガスの存在も
問題は国際的にも認識され、国連は15年、安全上のリスクとして正式に警告。しかし航空業界は研究結果を矮小化し、新たな規制導入に抵抗してきた。アメリカの議会は繰り返し規制強化を試みているが、業界の反発で骨抜きになっているのが現状だ。最近になり、FAAの調査で発がん性のあるホルムアルデヒドや神経毒の存在が確認され、危険性が改めて裏付けられた。
この問題は一部の航空会社や機種に限らず、1950年代以降のジェット機全般に共通する構造的課題でもある。唯一の例外はボーイング787で、別方式の空気供給を採用している。解決策として、エアバスは空気取り込み口を変更する「プロジェクトフレッシュ」を進めており26年から新造機に導入予定だが、既存機への適用は不透明だ。現場の乗務員は「安全対策が後回しにされている」と強い不安を抱えている。
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