連載⑭ 山田順の「週刊:未来地図」 習近平の権力強化で深まる日本の危機(前編1)

「中国の夢」は領土拡大による覇権確保政策

 習近平と言えば、「中国の夢」である。
 すでにこのメルマガでは何度も書いてきたが、この夢は、2049年、つまり中華人民共和国の建国100年までに、「中華民族の偉大なる復興」を成し遂げるというものだ。「偉大なる復興」というのは、中国が世界一の帝国になることを意味している。歴史上、最大の版図を維持し、経済力でも軍事力でもアメリカを抜いて世界一になることを目指しているのだ。
 中国主導の「上海協力機構」「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)、海と陸のシルクロード「一帯一路」構想も、みなこの一環である。2049年といえば、「シンギュラリティ」以降の世界で、AIが人間と共存している世界のはずだから、この中国の夢はどこか滑稽である。
 しかも、第二次大戦後の世界秩序、国連による枠組みを超えている。国連は、現在ある国境を変更してはいけないという前提で成立している。しかし、南シナ海で中国がやってきたことを見ると、中国はそんなことはおかまいなしである。尖閣諸島においても同じことを繰り返し、領土拡大を図っている。

トランプの「100%日本とともにある」への疑問

 北のミサイルばかりが脅威として騒がれているが、日本にとって、本当の脅威は中国である。アメリカ軍さえ去れば、中国は日本の隷属化を一気に進めてくるはずだ。中国に巨額のODAをつぎ込み、天安門事件では真っ先に経済制裁を解除したなどという歴史を北京は考慮すらしない。中国は外交関係において貸し借りや恩義、さらに国際ルールが通用する国ではない。
 いまこの時点でも、中国艦船は、尖閣諸島海域を常事パトロール航海している。中国が海警艦船を出動させているのは、「尖閣海域の施政権は中国が保有している。少なくとも日本と共有している」という状況をつくり上げるためである。そして、これが国際社会に許容されれば、つぎは尖閣の占領に乗り出してくるだろう。
 こうした中国の戦略をオバマ前政権は放置し、「米軍が尖閣を防衛する」と明言しなかった。「日米安保の範囲」と言っただけだった。この点、トランプ政権では、トランプ自身も、ティラーソン国務長官、マティス国防長官も、がそれぞれ個別に「尖閣諸島は日米安保条約により共同防衛の対象になる」と明言したので、日本は一安心した。しかし、それは口だけの話で、アメリカ軍は北の脅威が増しているにもかかわらず、リバランス政策によって、防衛ラインを沖縄からグアムに引いて行こうとしている。今日までの北朝鮮・ロケットマンとのやり取りを見ていると、トランプのほうが間違いなく「口先」だけだ。ロケットマンは実行するが、トランプはなにもしない。
 となると、「100%、日本とともにある」というトランプの言葉は、どうしても信じられない。

人間がまともに暮らせない環境汚染大国

 いまから3年前、私は『中国の夢は100年経っても実現しない』(PHP研究所)という本を書き、それまで中国で経験してきたことをベースにして、「中国に明るい未来はない」と断じた。
 そして皮肉も含めて、「たとえ中国の夢が実現しても、そのとき、中国には健康な人間は一人もいなくなっているだろう」と書いた。
 実際、中国は世界一の環境汚染大国で、水も飲めない、空気も吸えない、油はドブ油で、食べ物も信用できないという「人間がまともに暮らせない国」だからだ。このことが改善されない限り、中国の夢などチャンチャラ可笑しいと、私はずっと思ってきた。
 中国が世界一の汚染大国であることは、外国人より中国人自身がよくわかっている。だから、中国人個人は国民の命を守ろうとしない北京を信用せず、カネとコネと身内だけを信用して、激しい生存競争を続けている。そうして、カネをつかんだ者からあっさり国を捨て出て行くのだ。こんな国に未来がある、夢があると思うほうがおかしい。
 しかし、これは、外から見た中国の姿である。北京政府にとっては、中国国民の1人1人の安全と幸福などどうでもよく、ただひたすら、経済発展に邁進して、「中国の夢」を実現させればいいのだ。そのため、今日もまた、覇権拡張政策を続けている。したがって、中国の夢を本当に止めることができるのは、現在の世界覇権国アメリカだけである。ところが、このアメリカは、オバマ、トランプと2代にわたって、最悪の大統領を出してしまった。

パックスチャイナを狙う 中国の意図

 トランプは、世界のリーダーであるという自覚がゼロだ。ただアメリカが世界でいちばん儲かればいい、そう考えているだけだ。だから、自国利益にすぐ結びつかないことはやらない。この男に長期展望はなく、目の前のことしか見えない。
 トランプには政治のパワーバランスによって世界は安定するなどという「概念」がない。そのため、「中国の夢」がなんなのか、本当のところがわかっていない。彼には、習近平のような政治思想がないから、単に「習近平とはケミストリーが合う」(今年4月の米中会談後のツイート)などと口走ってしまうのだ。
 「中国の夢」というのは、じつは、アメリカが持つ世界覇権への挑戦である。中国はアメリカに代わって、世界をパックスチャイナにしてしまおうとしているのだ。
 これは戦前の日本が狙ったアジアでの地域覇権獲得よりもスケールが大きい。「五民族協和」「大東亜共栄圏」程度の話ではないから、始末が悪い。もし、パックチャイナが実現するなら、日本も必然的にそこに入り、中国に隷従する他なくなる。まさかと思うが、アメリカすら隷従か孤立を選ぶ他なくなる。
 したがって、中国のこの戦略をどう受け止めていくかが、現在のアメリカ政治の大きな課題になるはずなのに、トランプは、これを単に経済問題だけにしてしまっている。中国の覇権挑戦を退けるか受け入れるかで、アメリカの戦略は大きく変わる。単なる貿易問題として、「大幅な関税を課す」と脅かしてもなにも解決しない。

まさかの「米中逆転」 がないとは言えない

 中国が拡張政策をとるのは、地政学から見れば、古くからの歴史の必然だ。
世界のどの国も自国の安定を維持するためには、自国の辺境やその先の周辺諸国を支配する必要が生じる。これが地域覇権であり、中国は歴史的に東アジアの地域覇権国であり続けてきた。
 中国が地域覇権を失ったのは1840年のアヘン戦争以後であり、20世紀前半は日本がその位置についた。戦後は、アメリカの世界覇権が東アジアまで及んだので、約150年間、中国はもとの位置に戻れなかったのである。
 それがいまや、世界第2位の経済力を持ち、史上最大に近い影響圏・版図をもつまでになった。習近平が「中国の夢」実現政策をとるのも、中国から世界を見ればおかしなことではない。
 しかしこれ以上、中国の力を大きくさせてしまったら、世界は困る。とくに日本は困る。アメリカはもっと困る。今世紀の初頭、ゴールドマンサックスがレポートで「米中逆転」のシナリオを広め、BRICSを提唱したときには現実味がなかった話が、いまや、トランプというトンデモ大統領の出現で、現実味を帯びるようになってきた。
 それでもなお、私はまだ米中逆転はあり得ないと思っているが、最近はひょっとしたらあり得るかとまで思い出した。ワシントンに代わって北京が世界を支配し、英語ではなく中国語が世界共通語となり、ドルの代わりに人民元で買い物、取引をする。そんな世界がやってくるだろうか?
(つづく)

 
 

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【山田順 】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

この続きは、11月6日発行の本紙(アプリとウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。