摩天楼クリニック「ただいま診察中」(連載44)たばこ、やめましょう【3回シリーズ、その1】喫煙と健康被害

喫煙と健康被害

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小川史洋
外科専門医・呼吸器外科専門医(日本の免許)、医学博士。北里大学医学部卒業後、同大学病院呼吸器外科、がん研有明病院呼吸器外科などで約10年間臨床経験を積み、同大学大学院医療系研究科で医学博士号を取得。2018年3月までニューヨーク市のWeill Cornell Medical College, Dept. of Genetic Medicineで博士研究員として呼吸器疾患の基礎研究に従事。同年4月から横浜市立大学付属市民総合医療センター高度救命救急センター助教。

「禁煙に挑戦してもそのたびに挫折する」。そんなスモーカーに対してニューヨーク市は先ごろ、キャンペーン「ユアナンバー」を実施した。禁煙に成功したニューヨーカーが、禁煙に挑戦した回数を背景にガッツポーズをとるポスターを地下鉄車両内など公共交通機関内に掲示した他、テレビCMも放映。禁煙補助の携帯アプリ「Help Me Quit」や相談ダイヤルも開設し、挫折回数にめげずに禁煙に成功できるよう多角的にサポートしている。「たばこをやめるのに『遅すぎる』ということは決してない」と話すのは、呼吸器・肺がん専門の小川史洋医師。シリーズ第1回は、禁煙がなぜ難しいのか、また、たばこが健康に及ぼす害について聞く。

Q たばこに含まれる有害物質はどのようなものがあるのでしょうか?
A 紙巻たばこが燃焼するときに発生する化学物質は4000種類。そのうち有害物質はアセトンやヒ素、カドミウムやトルエン、ニコチン、タール、一酸化炭素など200種類以上、発がん物質は50種類以上といわれています。発がん物質が体内に取り込まれることによって、がんやさまざまな疾患を引き起こすことから、たばこは「キャンサースティック」とも呼ばれています。

Q ヒ素!日本人は「和歌山毒物カレー事件」を思い出します。ヒ素は身近なものでは何に入っているのですか?
Aヒ素は殺虫剤に、アセトンはペンキ落としに使われ、カドミウムは1910年代から70年代にかけて富山県で多発したイタイイタイ病の原因になったことでも知られています。身近なものでは車のメッキ材料や充電式電池などに使われていますが、発がん性があるということで、最近は原材料のカドミウム離れが進んでいます。
 たばこを吸う人は、タール(燃えかす)が発がん物質であることを知っていて、「ニコチンだけ吸っていれば毒じゃないでしょ」と考えがち。だから近年、電子たばこやベイパーが売れているのですが、ニコチンも有害物質です。中毒性が高く、過剰摂取すると死に至ります。

Q ヘビースモーカーのことを「ニコチン中毒」と呼ぶくらいですから、これが問題の成分ですね。
A ニコチンこそがたばこ依存の原因となっている物質です。たばこをやめられないのは、脳内物質セロトニンのニコチン受容体にくっついて、快楽物質(ドーパミン)が大量に放出され、落ち着いたりホッとしたりするからです。しかし、30分ほどで体内のニコチンが切れて、イライラするなどの離脱症状(禁断症状)が現れます。その離脱症状を解消するためにまたたばこを吸う。その繰り返しでニコチン中毒になっていくのです。

Q 薬物やアルコール依存と同じメカニズムですか?
A 同じです。ニコチンがどれくらい依存性があるかというと、ヘロインやコカインとほぼ同じだといわれています。たばこは「麻薬」と同じです。だから、やめられないんです。その他にも口寂しい、場が持たないなど、行動に対する欠損意識があってやめられない。加えて今はたばこを吸える場所が限られていて、オフィス内でも喫煙ルームなどに追いやられてしまう。そこでコミュニティーができ、話が盛り上がる。「飲みニケーション」ならぬ「スモーケーション」ができてしまう。その人たちと飲みに行くと「1本どう?」と勧められ、禁煙ができなくなる。それらもやめられない一因かもしれないですね。

Q たばこが原因の1つとされるがんには、どのようなものがありますか?
A 喉頭がん、食道がん、胃がん、膵臓がん、肺がん、子宮がん、子宮頚がん、膀胱がん、乳がんなど外界とつながっている器官のがんは全部といってよいでしょう。ただし、リンパ腫や白血病などの血液のがん、脳腫瘍などはあまり関連がないとされています。

Q 他にはどんな病気がありますか?
A 慢性閉塞性肺疾患(COPD)、間質性肺炎。小児ぜん息は、親がたばこを吸っている場合、引き起こされることもあります。他にも高血圧、動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病、骨粗しょう症、老化、認知症などでしょうか。またこれまで原因不明とされてきた乳幼児突然死症候群との関連も指摘されています。親がたばこを吸っていて、煙や臭いを避けるために無意識にうつ伏せになり、気道が塞がれて死亡するのではないかというのです。妊娠中の女性がたばこを吸っていると、胎児が子宮内発育遅延症候群になることもあります。けがや病気の回復も遅くなります。男性の勃起不全(ED)、うつ病、メタボリックシンドローム発症のリスクも高めます。

Q 受動喫煙(secondhand smoke exposure)が健康に及ぼす害も深刻ですね。
A 国立がんセンターの調査によると、家庭や職場で受動喫煙した結果、肺がんや虚血性心疾患を発症し死亡した人は、日本国内で年間約6800人。たばこを吸う夫と同居する妻の肺がん発症リスクは2倍です。米肺疾患学会の調べによると、米国では毎年、約7300人が肺がんで、約3万4000人が虚血性心疾患で死亡しています。

Q 喫煙関連の病気にかかる医療費も莫大と聞きました。
A 米疾病管理予防センター(CDC)のデータによると、米国では喫煙関連の病気による経済的損失は毎年、3000億ドル以上だそうです。1700億ドルが喫煙によって引き起こされた病気の医療費です。病気による入院などで仕事ができなくなったことによる損失は1560億ドル、そのうちの56億ドルは受動喫煙が原因での病気による損失です。
 日本はどうかというと、厚生労働省研究班による最新調査を見ると、たばこが原因で2014年度に100万人以上が、がんや脳梗塞、心筋梗塞などの病気にかかり、受動喫煙を合わせて1兆4900億円の医療費が必要になったと推計されています。これは国民医療費の3.7%を占めるといいます。

Q 個人にも社会にも及ぼす害は計り知れません。まだたばこを吸っている人はぜひ禁煙してほしいですね。
A「もう長い間吸ってきたから、今さらやめても手遅れ」と言う人が多いのですが、たばこをやめるのに遅すぎるということは決してありません。やめたその日から寿命が伸びます。
(次週に続く)