摩天楼クリニック「ただいま診察中」(連載45)たばこ、やめましょう【3回シリーズ、その2】禁煙外来

禁煙外来

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小川史洋
外科専門医・呼吸器外科専門医(日本の免許)、医学博士。北里大学医学部卒業後、同大学病院呼吸器外科、がん研有明病院呼吸器外科などで約10年間臨床経験を積み、同大学大学院医療系研究科で医学博士号を取得。2018年3月までニューヨーク市のWeill Cornell Medical College, Dept. of Genetic Medicineで博士研究員として呼吸器疾患の基礎研究に従事。同年4月から横浜市立大学付属市民総合医療センター高度救命救急センター助教。

がんや脳梗塞、心筋梗塞、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、糖尿病など、喫煙により誘発される病気は多く、重篤な結果をもたらす場合が多い。喫煙者と、その煙を吸う受動喫煙者の健康を害するのみならず、関連疾患の医療費や入院などによる労働力の損失など、国の経済に及ぼす負の影響も莫大だ。シリーズ第2回は、百害あって一利なしのたばこをやめる=禁煙の具体的な方法について、呼吸器および肺がん専門の小川史洋医師に聞く。

Q 喫煙は余命に影響すると聞きます。
A 英国のリチャード・ドール博士が、1950年代から50年間にわたり追跡調査をしたところ、70歳時点の生存率は非喫煙者が81%で、喫煙者は58%でした。日本ではどうかというと、2006(平成18)年度に厚生労働省の研究班が、男性14万人、女性15万人のデータを用いて分析した結果、40歳の時点でたばこを吸っている人は、男性で約5年、女性で約4年、吸っていない人に比べて余命が短いことが分かっています。ドール博士の分析によると、35歳で禁煙すれば寿命が10年、40歳で9年、50歳で6年、60歳で3年伸びるといいます。
 米国立衛生研究所と米退職者協会(AARP)が2016年に16万人を対象に行った調査では、30歳から69歳までのどこかの時点で禁煙すると、寿命が徐々に伸びることが分かりました。たばこを吸ったことがない人の70歳までの死亡率は12.1%で、喫煙者は33.1%でした。30代、40代、50代、60代で禁煙した場合の死亡率はそれぞれ16.2%、19.7%、23.9%、27.9%でした。
 これらのことからも分かるように、たばこをやめたら、やめた瞬間から寿命が延びます。今からでも遅くないのでやめましょう。私も加入している日本呼吸器学会が「ニコチン依存度テスト」を公開しています。自分がどれくらい重症か、どのような禁煙方法が自分に合っているか判定してくれます。一度試してみるとよいですよ。

Q 小川先生は日本の禁煙外来で治療とアドバイスに当たってこられたそうですね。
A はい。ただし、禁煙外来は最後の手段です。先週お話したように、たばこをなかなかやめられないのはニコチン中毒=依存症になっているからです。「1日3本に抑える」「本数を徐々に減らしていく」というのでは意味がありません。1本でも吸ってしまったらだめなのです。依存症からは脱却できません。禁煙すると決心したら、たばこ、灰皿、ライター全て処分してください。もらいたばこもしない。たばこ仲間に近寄らない。居酒屋にも行かない。みんなの前で「断煙」を宣言する。それでだめならニコチンガムを噛む、それでもうまくいかなかったら市販のニコチンパッチを試す。どうしてもだめなら禁煙外来です。
 日本の禁煙外来での治療後に禁煙に成功した人は8割弱、そのうち1年後に禁煙が継続している人が3割弱です。禁煙がいかに難しいかが分かりますね。

Q 禁煙外来ではどんな治療をしますか?
A 医師が禁煙補助薬バレニクリン(商品名「チャンティックス」)を処方し、経過を見守ります。治療期間は12週間で、2週間置きに来院してもらい、呼気中の一酸化炭素濃度を計測し励ましながら禁煙を続けさせます。

Q バレニクリンとはどんな薬ですか?
A ニコチンガムやニコチンパッチのようにニコチンを補充するものではなく、脳内物質セロトニンのニコチン受容体に作用する薬で、ニコチンを含んでいません。何度も禁煙に失敗した人に向いている禁煙補助薬といえます。ただし、吐き気などの副作用があるのが問題です。

Q 脳内物質に作用するのですね?
A たばこの煙に含まれるニコチンは肺の毛細血管から血液中に吸収され、あっという間に脳に到達し、脳内物質セロトニンのニコチン受容体にくっついて快楽物質(ドーパミン)を大量に放出します。その快感を求めるあまり、依存症になるのですが、ヘビースモーカーはニコチン受容体の数が多くなっているため、イライラするなどの離脱症状が強く出ます。バレニクリンはニコチン受容体にくっつき、少量の快楽物質を放出することで、離脱症状を和らげます。またニコチン受容体を遮断し、喫煙による快感を抑制します。

Q 禁煙外来ではこの治療を続ける中で呼気中の一酸化炭素濃度を計りながら禁煙を目指すということでしたが、それはなぜですか?
A たばこが燃焼するときに発生する有害物質の代表的なものはニコチン、タール、一酸化炭素です。喫煙していると呼気中の一酸化炭素濃度が高くなるのです。一酸化炭素は赤血球の中のヘモグロビンと結合し、一酸化ヘモグロビンとして全身に運ばれ、再び肺から排出されます。肺が吸い込んだ酸素はヘモグロビンと結合し全身に運ばれますが、一酸化炭素は酸素の約200倍もヘモグロビンと結合しやすいため酸素の循環を妨害し、全身の細胞が「酸欠状態」に陥ります。体に良いわけないですよね。

Q ニューヨーク市にも禁煙外来はありますか?
A ニューヨーク市内には禁煙補助薬を処方し、禁煙をサポートする禁煙外来(クリニック)がたくさんあります。またニコチンガムやパッチ、鼻腔スプレー、禁煙補助薬にはメディケイドが適用されます(詳しくはウェブサイトwww.nysmokefree.com/Subpage.aspx?pn=QUITTOOLS を参照)。
 次回は愛用者が急増し社会問題化する電子タバコやべイパーの健康被害についてお話します。
(次週に続く)

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