
イラスト Jay
午後4時発のぞみは定刻通り品川駅を出発した。あまりに滑らかな走り出しに、停車している列車の風景だけが勝手に流れていると思われるほどで、そういえば以前、ニューヨーカーの友人が新幹線に対する憧れを話していたのを思い出した。
「日本のBullet train(弾丸列車)は時速300キロで走って、なのにとても静かで乗り心地がいいんだろ? いつか新幹線に乗って富士山を見るのが夢なんだ」
列車のスピードがだんだんと上がるにつれ、街並みが早送りのように流れ始めた。それはまるで時間を縮めこれまでの人生を一気に回想しているかのよう。溢れんばかりの夢を持ち20代の若者が渡ったニューヨークで過ごした人生の半分。日本で再び暮らすことなど思いもよらなかった。しかしいざこうして帰国となるとその喜びは渡米したときよりも大きいのに我ながら驚いた。歳を重ねると考え方も大きく変わるのかもしれない。最近こういう考え方もできるようになってきた。例えば、宇宙飛行士が宇宙へ旅立つときの希望と興奮は計り知れないものがあるだろう。ただ、今はその一歩先も頭に浮かんでくる。
「地球へ」
星々の煌めく広大な宇宙を目指しているときはいうまでもないが、それ以上に青い大海原を湛える地球へ帰還するとき宇宙飛行士たちの心は言い表せないほどの想いで溢れているのではないだろうか。
「還るところがある」
その繋がりがあるからこそひとは夢を追いかけ何処へでも行くことができる。ぼくの場合はこんな大袈裟ではないが、自分にとって切り離せない故郷という存在の大切さをようやく知るに至った。
“I need coffee…”
深く座席に座ったまま、本も携帯も持たない時間が西へと走る。今どの辺りなのだろう。車内アナウンスが聞こえて来た。
「皆さま…富士山が見えてまいりました…」
窓の外に目を向けると空は紅く染まり始め、広がる稜線は迷うことなく夕暮れを截る。目を奪われた。もしかするとぼくは今まではっきりと富士山を見たことがなかったのかもしれない。それでも無性に感じるこの懐かしさ。
「還って来たのだろうか?」
こんなに美しい景色を目の当たりにしてしまうと、すべてが夢の中のことにさえ思えてきてしまう。もしもこれが夢ならば、そこから現実にするにはもっと走り続けなければならない。
“The show must go on”
できるはずだ、きっと。この美しい故郷との繋がりがあれば。
おわり

Jay
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理シェフなどの経験を活かし「食と健康の未来」を追求しながら「食と文化のつながり」を探求する。2018年にニューヨークから日本へ拠点を移す。
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