百年都市ニューヨーク 第29回 創業1818年 ブルックスブラザーズ(上)

 100年以上の歴史を誇る老舗企業の歩みを振り返りながらニューヨークの歴史を紐解くのが本コラムの趣旨だが、今回紹介するアパレルメーカー「ブルックスブラザーズ」(以下「ブルックス」と略)は、創業1818年。社史は100年どころかその2倍の200年。連載開始以来、最高齢の会社である。
 ブルックスの足跡といえば米国はおろか世界の紳士服の歴史そのもの。さまざまなスタイル変革に寄与した他、リンカーン、ルーズベルト、ケネディといった歴代の大統領、そして昭和天皇の愛顧を得るなど世界史に残る要人の正装を手掛けてきた。
 栄光の200周年を記念してグランドセントラル駅構内で特別展が開催された。残念ながら9月5日で会期は終了したが、「ブルックスブラザーズ:アメリカンスタイルの200年、革新の2世紀」と題した日本語版の同展が、今月5日から11月30日まで、東京の文化学園服装博物館で開かれている。間髪を入れずの巡回は、1979年の上陸以来いかにブルックスが日本で愛されているかの証左だろう。

グランドセントラル駅構内で開かれた200周年記念展。創業当時の写真や史料、大統領が着用したブルックス製品など、貴重な「お宝」がずらり。
10月5日から11月30日まで東京で巡回公開中

ブルックスが生まれた時代

 創業の年、1818年は米国独立宣言(1776年)から数えて42年目に当たる。この間の国際情勢を見ると英米の外交関係は悪化の一途をたどり、ヨーロッパでのナポレオン戦争やネイティブアメリカンの抵抗などが複雑に絡み合い、1812年には時の大統領、ジェームズ・マディソンが英国に宣戦布告。再び旧宗主国との戦争が始まり、1814年には首都ワシントンDCが陥落。大統領官邸も破壊された。いくつかの大きな戦いの末、米英戦争は翌年にようやく終結した。
 激動をよそにニューヨークは商業の拠点として発展を続け、1800年に6万人だった人口が1810年には9万6000人、1820年には12万3000人…と20年間で200%も急増。これを受けて11年には市委員会が通称「コミッショナーズプラン」と呼ばれる都市計画の法律を施行。この街の最大の特徴である「碁盤の目」状の区画はこの時に敷かれたものだ。
 そんな時代を背景に1818年の4月7日、ヘンリー・サンズ・ブルックス(1772〜1833)が、ブルックスの母体となる衣料品メーカー「H&D.H.ブルックス社」を創業した。ヘンリーに関しては具体的な資料や文献が少なく不明な部分が多い。ブルックス本社の資料室にも創業者ゆかりの品としては、横顔のシルエットと愛用の眼鏡、彼の執務室で時を刻んでいた振り子時計しか残っていない。父親はコネティカット州で医者をしていたという説もある。ニューヨークに出てきてしばらくは八百屋を営んでいたらしい。資財が貯まった45歳の時にチェリーストリートとキャサリンストリートの北東の角の建物を購入して仕立て屋を始めた。港に近く、衣料問屋や輸入業者が密集する地帯だった。
1824年には米国初の鉄道が開通。翌年にはエリー運河が開通し米大陸内陸部の入口となったニューヨークは世界最大の貿易港となる。ヒト・モノ・カネの流通が飛躍的に高速化した時代だった。

当時の電話帳に掲載された創業第1号店の広告

受け継がれる創業者の経営理念

 ヘンリーは大変優秀な仕立て屋で、彼が仕立てた服の品質はニューヨーク中でたちまち評判となった。特にそれまで誰もやっていなかった「製造と販売を一貫して行う」ビジネススタイルを打ち立て、商品の品質を完全に管理したところがこの創業者の革新性であり、成功の秘訣だった。今日に受け継がれる彼の企業理念は、示唆と含蓄に富む。曰く
 「最高品質の商品だけを作り、取り扱うべし。適正な利益のみを含んだ価格で販売すべし。こうした価値を商品に求め、その価値を理解できる顧客とのみ取引をすべし」
 この金科玉条を原動力に起業まもなく急成長を遂げたH&D.H.ブルックス社。創業者ヘンリーは1833年に他界するが、5人の息子たち、ヘンリー・ジュニア(同年他界)、ダニエル、ジョン、エリーシャ、エドワードが兄弟(ブラザーズ)の固い結束で、父親の遺した事業を継承しさらに拡大していった。1850年、社名を「ブルックスブラザーズ」と改称。この時、商標としてゴールデンフリース(金羊毛)が採用された。         (つづく)

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Brooks Brothers
1818年創業の米国最古の衣料品メーカー。No1サックスーツ、ボタンダウンシャツ、ポロスーツなど同社が生み出したスタイルは紳士服の歴史に革新的な影響を与えてきた。歴代の大統領に愛用され、フレッド・アステアのダンス映画から最近の「華麗なるギャツビー」までハリウッド映画でも多数起用されるなど、米国服飾界のスタンダードとなっている。マジソン街本店を中心に米国内では210店舗を展開(2015年現在)。日本では1979年に海外店舗第1号店として東京に青山店をオープン、現在75拠点80店舗を展開中。
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取材・文/中村英雄 映像ディレクター。ニューヨーク在住26年。人物、歴史、科学、スポーツ、音楽、医療など多彩な分野のドキュメンタリー番組を手掛ける。主な制作番組に「すばらしい世界旅行」(NTV)、「住めば地球」(朝日放送)、「ニューヨーカーズ」(NHK)、「報道ステーション」(テレビ朝日)、「プラス10」(BSジャパン)などがある。