連載293 山田順の「週刊:未来地図」 ニッポンの貧困、アメリカの貧困(第五部・中)トランプ大統領を誕生させた「白人貧困層」

地方の職のない若者を軍がリクルート

 なぜ、トランプのメッセージが、白人貧困層の心を大きく揺さぶったのか?
それは、貧困という現実が目の前にあり、それはまさに自分たち自身のことだからだ。
 私のような日本人は、実感としてラストベルトの荒廃を受け止めることはできない。ただ、中西部の小さな街に出かけたとき、さびれた街の様子を見て、これがそうなのかと思うだけである。
 日本でも地方都市に行けば、駅前にシャッター通りが広がっていた。商店街を歩く人もまばらで、街はさびれていた。アメリカも同様で、地方の小さな街の中心部では店がなくなり、住宅街も空き家が目立つようになっていた。
 そういう街の郊外のショッピングモールに行くと、そこには職のない若者たちが、ぶらぶらとたむろしていた。
 すると、そこに軍の車がやって来て、若者たちをルクルートする。「軍に入らないか。そうすれば生活に困らないぞ」と話かけられ、若者たちはうなずいている。
 そういう光景を見たとき、ここまでアメリカは貧しくなったのかと思うのだった。

政府は工場労働者たちの教育を怠った

 トランプの単純なメッセージは、じつはフェイクである。貧困に転落した白人たちの不満のはけ口を、移民や他国のせいで解消しようとしたからだ。
 「なんでラティーノや黒人が優遇されて、白人であるオレたちが差別されるのか?」
 「なんで移民のヤツらがオレたちの職を奪うのか?」
 「なんで真面目にやってきたのに、工場をクビになるのか?」
 「なんでオレたちの工場が中国に行ってしまうのか?」
 「なんでなけなしのカネから税金を取られ、それが不法移民のヤツらに使われるのか?」
 この「なんで」の答をトランプは他人のせいにすり替えた。移民や不法移民、そして安い製品を大量に送り込んでくる中国などの新興国のせいにしてしまった。
 しかし、本当の答は、ずばり書いてしまうと、「知能」「スキル」「努力」だ。政府はグローバル経済で世界の産業構造が大きく変わっていくというのに、それに対しての教育を怠った。アメリカンドリームのかたちが以前とは違ってきたのに、それを国民に伝えなかった。
 しかし、いち早くそれに気づいたラストベルトにいた優秀な人々は、グローバル経済とIT社会の進展とともに、シリコンバレーなどに移って行った。
 経済のグローバル化とIT社会の進展で、先進国の単純労働者は、賃金が安い新興国の単純労働者に取って代わられてしまった。そしていま、IT社会はさらに進展し、AIやロボット、IoTの世界がやってきて、機械が人間の仕事を奪うようになった。
(つづく)


【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

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