
数十年ぶりの実家での懐かしき生活。学生時代以来だから何十年ぶり?
春になれば淡いピンク色に染まる桜並木。駅までの曲がりくねった坂道。子どもの頃、泥だらけになって遊んだ田んぼ。ん…田んぼ? そう言えば田んぼがめっきりなくなってしまったような。
その代わりにずいぶん住宅が増えたみたいだ。しかしそれでもいまだ自然豊かな田舎町。そんな久しい故郷の町の役所には日本へ帰ってからというもの何度も行く用事があった。その日も母を連れて役所まで出かけた。用事が済むとちょうど昼どき。ついでだからこの辺でランチでも、となったのだが、さて、どこにしよう? 牛丼屋、うどん屋、喫茶店…。 「どうしようか?」 「そうだねえ、この辺りはあまりお店がないからねえ」
そう言いながらエレベーターに乗ると、1枚のチラシが目に入った。
「地下に食堂がオープン」
あれ、食堂ができてるみたい。
「行ってみようよ」
そのまま地下まで行くとすでに行列ができていた。ガラス越しに中をのぞくとどうやらビュッフェのようだ。
「はい、二人で1000円ねぇ」
お金を払ってお盆を受け取った。学食みたいで懐かしい。自然とテンションも上がる。えーっ何を取ろうか。大根のサラダに酢の物、ナスの煮付け、肉じゃが、キャベツと肉の回鍋肉風、サバの煮付けもある。定番の卵焼きにエビフライ、唐揚げ、カツもある。
「うーん全部試したい!」
あれもこれも取っていると山盛りになってしまった。そして最後は熱々の味噌汁とごはん。
「うわー食べきれるかなあ」
目を白黒させる母もそう言いつつ顔がほころんでいる。それどころか空いている席を探して周りを見ているうちさらに驚いた。おじいちゃんやおばあちゃんのお皿がどれも「山盛り」なのだ。隣のおじいちゃんなど海老フライが5個も載っている。 “Wow!”
よーし負けてられるか! ぼくと母は山盛りのおかずを崩しにかかった。 「ん、これは、おいしいぞ」 「どれもおいしいね」
食べ始めてみてさらにびっくりした。500円のビュッフェなんてたいしておいしくないだろうとタカをくくっていたのが大間違い。どれも優しい家庭料理の味付けですごくおいしい。これならたとえ用事がなくとも自然と人が集まって来るだろう。役所が市民の憩いの場所というのは、それでこそ理想の姿ではないか。んんん…役所めし、恐れ入りました!
追記:その後ぼくは母を連れて週に1回は役所に出向いている。この辺りで一番幸せなランチを食べるために。 おわり

Jay
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理シェフなどの経験を活かし「食と健康の未来」を追求しながら「食と文化のつながり」を探求する。2018年にニューヨークから日本へ拠点を移す。
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