特別寄稿 教えて、榊原先生!日米生活で気になる経済を専門家に質問

「この20年のアメリカ経済の大きな出来事」

 

DAILYSUN NEW YORK創刊20周年おめでとうございます!

創刊号が登場した2003年からこの20年間、アメリカ経済がどのような推移をたどったか、皆さんのご記憶はいかがでしょう。20年というのは意外に長く、近現代の恐らくどの20年を抜き出しても、たいていは経済が大きく変化した姿を見て取ることが出来るものです。しかし、不確実で変化の激しいVUCA(ブーカ)と言われる今の世の中においては、状況が目まぐるしく変わるという特徴があるといえるかもしれません。

経済の推移を振り返る際には、一つの切り口として株価や金利の動きに基づいて捉えることが分かりやすいと思います。SP500指数を代表例として、この20年の株価の動向を見ると、ほぼちょうど前半の10年と後半の10年という2つの期間に分けられそうです。経済ニュースとしては、多くの人の記憶に鮮明と思われるGFC(日本語でいうリーマン・ショック)が発生した2009年が恐らくこの期間中最大イベントの一つであり、ここで局面転換があったと見ることも可能でしょう。しかし、ちょうど前半の10年が終わる2013年に株価が2000年と2007年に付けたツインピークスを上に抜けており、そこがGFC後のグレート・リセッションから抜け出した時点だと区切れます。

つまり、前半の10年は2000年初頭のITバブル崩壊に直面していた状況からスタートし、そこから回復する過程でサブプライムという別のバブルを新たに発生させ、再びその崩壊の象徴となったGFC後の大不況に苦闘したという、いわば2つのバブル崩壊という痛手を被った期間だと言えます。この間、株価は横ばいのレンジでした。

言い換えると、この前半10年を含む13年間ほどの局面は、株価が長期停滞して「株式の死」と名付けられた70年代に匹敵する厳しい状況だったわけです。厳密には、1973年初から82年秋の10年弱だった期間より長く、「株式の死」以上のひどい環境だったとさえ表現できるかもしれません。スタグフレーションは経済活動全般の足を引っ張るやっかいな状況ですが、バブルは「山高ければ谷深し」となって落ち込みを取り戻すのに非常に長い期間を要します。

翻って後半2013年からの10年は、株価が大きく上昇しました。SP500指数が3倍程度の水準になっています。確かに、前述のGFCやグレート・リセッションに対応した未曽有の量的緩和を含む超刺激的金融政策が後押しした面も大きく、各国中央銀行によるバランスシートの拡大で膨張したマネーや超低金利で炙り出された資金が行き場なく株式のリスクを取ったというバブル的な要素が指摘されることもあります。

終盤には新型コロナウイルスのパンデミックが発生し、さらにはロシアとウクライナが戦争状態に突入するという異様な展開になりました。株価はそれぞれ一時大幅に下落しましたが、足元ではそうした下落を帳消しにするように戻しています。これは、コロナ禍の経済閉鎖による活動の落ち込みに対応するため、これも未曽有と言っていい財政支出拡大政策が各国政府から打ち出されて景気を押し上げた効果が残っているのでしょう。財政出動にウクライナ戦争が加わってインフレ率が高進する中、日本を除く先進各国が過去にないペースで金融引き締めを実
施して景気にブレーキをかけている状況での堅調さは特筆すべきものです。

また、落ち込む景気を積極果敢に支援するというマクロ経済政策の方向性は一貫性があった一方、個々の経済政策においては右往左往している感があります。それは、2016年に共和党のトランプ大統領が誕生することが決まり、しばらく前から指摘されていた分断の深まりが決定的になった点に象徴されました。トランプ政権は「アメリカ第一主義」を掲げて国際的な対立路線を採り、特に対中国では貿易戦争とも言われる状態に突入したほどです。トランプ政権は一期で退陣し、民主党のバイデン政権に代わってリベラル派の政策へと揺り戻される中、対中政策は厳しめの対応が続いています。パンデミックやウクライナ戦争と合わせて、それまでに望ましいこととして大きく進んだグローバリゼーションの流れに歯止めをかけることになったなど、VUCAそのものを体現した混迷期と言って良いかもしれません。

しかし、このような経済的な混迷を乗り越えて株価が非常に好調だったのは、やはり単に政府が未曽有のマクロ政策を大胆に打ったからだけでしょうか。恐らくそれだけではないのだろうと考えられます。それは、たとえば3倍程度になっているSP500指数に対し、ナスダック指数が4倍程度になっていることが示唆する点です。

第4次産業革命とかインダストリー4.0と云われる技術進歩です。IoT、ビッグデータ、AI、ロボットなどの新しいテクノロジーを駆使したイノベーティブなビジネスの創出や拡大が目に見えて期待される局面になっています。米国だけでなく、世界的なことと言えますが、米国企業がリードしている面も大きいです。最近10年の株価パフォーマンス・ランキングを見れば、コロナ禍に対応した医薬系の会社を含みますが、やはりインダストリー4.0をベースにしたテック系の会社が並んでいます。NVIDIA、Telsa、Advanced、MicroDevices、Mastercard、Broadcom といった面々です。個々の社会政策的な右往左往はあれど、大胆なマクロ刺激策が全体的なその活動をサポートしつつ、インダストリー4.0の技術が経済に新次元をもたらしているのだと解釈できそうな気がします。

経済の評価は、10年後20年後になって定着するものです。果たして今の流れがどこまで本物の新世界の実現なのか(技術革新による社会変化は本物でも、株価の急上昇はバブルのように破裂して急落することは起こり得ますが)、その先の時代にまたDAILYSUNが評価を下してくれるでしょう。ここからまた10年20年と、愛され度を増してファンを広げていかれること祈念申し上げます。

 

 

先生/榊原可人(さかきばら・よしと)
SInvestment Excellence Japan LLC のマネージング・パートナー。主にファンド商品の投資仲介業務に従事。近畿大学非常勤講師(「国際経済」と「ビジネスモデル」を講義)。以前は、米系大手投資銀行でエコノミストを務めた後、JPモルガン・アセット・マネジメントで日本株やマルチアセット運用業務などに携わる。