今年(2025年)は、シンギュラリティ(特異点)まであと20年という節目の年である。20年を長いと考えるか短いと考えるかはともかく、本当にAIが人間を超える日はやって来るのだろうか?
「ChatGPT」のような生成AIができ、これだけ毎日、AI、AIと言われているのに、日本のメディアはこの問題をあまり大きく取り上げていない。しかし、AIにより私たちの生活は劇的に変化している。
そこで、AIとシンギュラリティをめぐる議論を整理しておくことにしたい。
カーツワイルの提唱とイーロン・マスクの実験
まず、2つのトピックから、この話に入りたい。
1つは、シンギュラリティ(Singularity:特異点)の提唱者レイ・カーツワイルの新作『シンギュラリティはより近く: 人類がAIと融合するとき』(The Singularity Is Nearer: When We Merge with AI)の邦訳(紙版、2024/11/25 NHK出版)が昨年暮に出版されたこと。前作『シンギュラリティは近い:』(The Singularity Is Near:When Humans Transcend Biology)で、衝撃を呼んだ未来はどうなっているのかを、まず概観してみたい。
もう1つは、イーロン・マスクが進めているBMI(Brain Machine Interface:ブレイン・マシン・インターフェース:脳AI融合)である。これは、脳にAIをつなげて機能を拡張させるというもの。マスクは、「ニューラリンク」社を設立して研究を進めてきたが、臨床試験(治験)に関しては、FDA(米食品医薬品局)が認可しなかった。
しかし、昨年2月に認可されると、即座に臨床試験がスタートし、これまでに治験者インタビュー・動画が公開された。そして、11月の大統領選でトランプが再選されたため、参謀となったマスクの“壮大な実験”は、さらに加速すると考えられている。はたして、脳がAIに直接つながる『攻殻機動隊』のような世界が訪れるのだろうか?この点を俯瞰していきたい。
(*なお、最初にお断りしたいが、私はこの分野の専門家ではないので、以下はこれまでの報道のまとめと、個人としての考察である)
2029年にはAGIが実現するという楽観論
では、カーツワイルが提唱したシンギュラリティだが、今回の『シンギュラリティはさらに近く』も、前作とまったく同じ調子で、極めて楽観的である。シンギュラリティによって、未来はすごいことになるという調子で、全編がテクノロジー礼賛に満ちている。
まず、彼はAGI (Artificial General Intelligence:汎用人工知能)の出現を2029年としている。あと5年もないのだから、これは驚くほど早い。そして、シンギュラリティは前作と同じ2045年としている。2045年以降、人類社会と文明とは未知の領域に入る。
AIは、対応できるタスクの範囲によりAGI=「汎用型」とANI (Artificial Narrow Intelligence)=「特化型」に分かれ、AGIは「強いAI」(Strong AI)、ANIは「弱いAI」(Weak AI)とも言われている。
いずれにせよ、AGIは状況を自らが判断して行動ができ、人間のような思考・知能を持つAIなので、生身の人間はどんどん不要になる。ANIのように、画像や音声認識、自動運転システムなどに限定されたものと違うので、ある意味で脅威である。ちなみに、現在、大流行の「ChatGPT」は、まだANIの段階である。
カーツワイルが見ているのはAGIの先の世界で、AGIがさらに進化すると、自らもっと賢いAGIを製造できるようになり、そうなるとAIは完全に人知を超える。これをASI(Artificial Narrow Intelligence)=「人工超知能」と呼んでいる。
では、シンギュラリティをカーツワイルはどう捉えているのだろうか?
内容としては前作とそう変わらない
今作で、カーツワイルは、例として、ナノマシンなどにより原子レベルで世界が再構築される、120歳とされる生命の限界を超えて人類の寿命が伸びる、全産業で劇的なイノベーションが起こるので貧困はなくなるなどと述べている。
そして、やはり、脳がAIと接続されるので、社会や文明そのものが劇的な変化を迎えるという。
前作でも彼は、3Dプリンティングでタンパク質合成が起こってすべての食物が限りなく安く手に入る、ナノマシンによる細胞レベルで修復が起こって老化が止まるなどと述べていたので、今回のエピソードはそれほど目新しくはない。前作より、より具体的になっただけである。
ただ、後半で彼は、シンギュラリティによる世界の変化について、さまざまな見地から考察し、実社会の変化について述べている。この点の考察は、前作よりはるかに深くなっている。
計算どおりならシンギュラリティは到来する
ただ、全編を通して、彼が前提としているのは、持論の「技術革新は直線的ではなく指数関数的に起こる」である。これは、新しく発明された技術が次の発明までの期間を短縮させることで、イノベーションが加速していくというものだ。
半導体の発達を理論づけた「ムーアの法則」などを見れば、たしかにそのとおりである。これまでコンピュータは、予想通りの進化を遂げてきたので、計算上はそうなるに違いない。
しかし、多くの研究者、理論家などが指摘するように、そうして発達したAIが人間と同じように思考し、はたして人間のような「意識」を持つだろうか?
これは大問題であり、まだ解決されていない。
この続きは2月6日(木)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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