2026年1月6日 COLUMN アートのパワー

アートのパワー 第68回 東京ロケ(その1):『Tokyo Vice』(上)

どんなニュースを見ても気持ちがへこんでしまう今日この頃、オンラインで動画を観たり映画館に足を運ぶことが、束の間の逃避になっている。そんな私のニーズを満たしてくれたのが、東京を舞台にしたテレビドラマと映画だった。ジェイク・エーデルスタインによる2009年の回想録『トウキョウ・バイス: アメリカ人記者の警察回り体験記』を原作としたテレビドラマ、ハードボイルド・ノワール『Tokyo Vice』は、1999年の歌舞伎町を舞台にした作品で、シーズン1は2022年、2は2024年に公開された。

(Photo: 『Tokyo Vice』の公式プレスリリースから)

10月、私はジャパンソサエティでジェイク・エーデルスタインの講演を聞いた。このイベントは、彼の4冊目の著書『The Devil Takes Bitcoin: Cryptocurrency Crimes and the Japanese Connection(ビットコインを手にした悪魔:仮想通貨犯罪と日本のコネクション)』の出版を記念したものだった。前3冊は、東京で犯罪記者として過ごした経験に基づく三部作である。会場は満員で、聴衆の多くは男性だった。エーデルスタインは56歳のユダヤ系アメリカ人で、どこか少年ぽさといたずらっぽさを感じさせた。間の抜けたところと鋭さを併せ持ち、頭の回転が速く、ヤクザの世界やFBIとの関係について悠々と話すなど、なかなかの人物だった。私は、特定の時代と場所を舞台にしたミステリーは好きだが、いわゆる“トゥルー・クライム・ノワール”の読者ではなかったが、『Tokyo Vice』を称賛する観客の声に誘発され、家に戻って見始めたところ、全18話を一気に観てしまった。

『Tokyo Vice』はエーデルスタイン(ドラマ内ではアデルスティーン)の回想録をフィクションにした作品である。状況描写や多くの人物が複数のモデルを合成したキャラクターであるにもかかわらず、非常に説得力があった。サイドエピソードも十分にあり、東京での生活の様々な側面—私自身も経験したことがある礼儀作法や階層意識、職場環境から、テレビや映画でしか知たことがないヤクザやホステスクラブの世界—が描かれている。

『Tokyo Vice』は、HBOと日本の放送局が共同制作した作品で、パンデミック下の東京で全話が撮影された。映像的にも本物感の面でも非常に優れている。制作陣には1984年のドラマ『Miami Vice』のエグゼクティブ・プロデューサーであり、第1話を監督したマイケル・マン(『ヒート』(ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ)、『コラテラル』(トム・クルーズ)など犯罪世界を舞台にした作品で知られる)、アメリカの劇作家で脚本家のJ・T・ロジャース(2016年にリンカーンセンター・シアターで初演され、その後ブロードウェイでも上演された『オスロ』を執筆)、スティーヴン・スピルバーグ監督『ウエスト・サイド・ストーリー』でトニー役を演じたアンセル・エルゴート(ジェイク・アデルスティーン役)、そして(敵対するヤクザ組織の均衡を保とうと奮闘する)“頑固だが誠実”な刑事・片桐広人を演じる渡辺謙という豪華な顔ぶれが揃っている。(若手ヤクザの佐田昱郎役の笠松将、モルモン教の宣教師からホステスへと転身するサマンサ役のレイチェル・ケラー、ジェイクの直属の上司で在日コリアンのエイミ役の菊地凛子も、シリーズの核となる。)バイリンガルとして特に感銘を受けたのは、英語と日本語が状況に応じて字幕とともにシームレスに切り替わる対話であり、目にも耳にも心地よかった。

エーデルスタインは、ミズーリ州コロンビアで生まれ育った。高校では演劇をしていたため、学内で権勢を振るう運動部の生徒たちにいじめられる “変わり者” だったという。ある教師が彼に空手を勧めたことが、日本文化との最初の接点となった。ミズーリ大学で一年学んだ後、上智大学に留学し、卒業後もアメリカに戻らなかった。学生時代には池袋の禅寺に三年間住んだことになっている(が池袋には禅寺がない)。上智大学では日本文学と比較文化を専攻し卒業。来日から5年後、読売新聞の厳しい三段階の採用試験に合格し、同紙初の西洋人記者となった。1993年から2005年まで勤務し、警察庁記者クラブの記者証を持つ唯一のアメリカ人でもあった。ミズーリ出身の男が、日本最大の発行部数を誇る新聞で、日本語で犯罪報道を書いていたというのは驚くべきことだ。海外在住でアメリカ向けに英語で記事を書くアメリカ人記者はいるが、彼は別格だった。


この続きは1月9日(金)発行の本紙(メルマガ・ウェブサイト)に掲載します。

文/中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセサリー・アーティスト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴38年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

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