2025.03.07 COLUMN アートのパワー

アートのパワー 第50回 ニューヨークでにぎわうアジア系アメリカ人の演劇(上):『シンベリン』『My Man Kono』『SUMO』『Maybe Happy Ending』

『My Man Kono』A.R.T./New York Mezzanine Theatre で3月9日まで
『SUMO』The Public Theatre  425 Lafayette Streetで3月30日まで
『Maybe Happy Ending』Belasco Theatre  111 West 44th Streetでオープンエンドラン

今年2月、私はニューヨークで4つのアジア系アメリカ人の演劇作品が上演されていることに気づき、観に行った。アジア系アメリカ人の演劇が盛んなのは、1960年代後半に人種差別に抗議し、アメリカの公的・私的制度を変えようと、さまざまな祖先を持つアジア人が集まりアジア系アメリカ人運動が始まったことに起因する。アジア系アメリカ人という言葉は、当時カリフォルニア大学バークレー校の学生だった日系アメリカ人の市岡雄二(歴史家であり公民権運動家、第二次世界大戦中は家族と共にトパーズに収容された)とエマ・ジーが、人種と民族の垣根を越えるこれらの社会運動に新たな連帯の力を見出し、提唱したものだった。1970年代初頭、この運動をきっかけに、まず西海岸でアジア系アメリカ人の劇団が設立された。アメリカの演劇界では、アジア系アメリカ人俳優の活躍の場は限られ、役はあっても民族的なステレオタイプだった。

NAATCの『シンベリン』

ナショナル・アジアン・アメリカン・シアター・カンパニー(NAATC)は、1989年にリチャード・エンとミア・カティグバックという2人の俳優がニューヨークに設立した。NAATCは、アジア系アメリカ人のステレオタイプを助長するような、アジア文化の文脈にはめ込む 「アジア化 」を避け、アジア系アメリカ人俳優のみで西洋の代表作を上演している。これまでギリシャ悲劇やシェイクスピア、ヨーロッパやアメリカの20世紀劇作家(ハロルド・ピンター、ユージン・オニール、エドワード・アルビー等)の作品を上演している。また、アジア人以外の劇作家が書いた新作をアジア系アメリカ人キャストで上演する支援や、アジア系アメリカ人の劇作家による新作の育成・上演も、この劇団の使命としている。

Pan Asian Repertory Theatre

シェイクスピアの『シンベリンCymbeline』が、1月18日から2月15日まで、オフブロードウェイのリン・F・アンジェルソン劇場で上演された。シェイクスピアの時代は役者が全て男性だったが、同劇の役者は全てアジア系アメリカ人の女性で、エイミー・ヒルがシンベリン王を演じた。エイミー・ヒルはベテランのスタンドアップ・コメディアンで、舞台やテレビで活躍している(母親は日本人、父親はスウェーデン系アメリカ人。ICUで学び、7年間東京に住んでいた)。まだ30代の頃、マーガレット・チョウの短命番組『オール・アメリカン・ガール』(1994〜1995年)でキムばあちゃんの役を演じ、業界の注目を集めた。それ以来、アジア系アメリカ人のばあちゃん役を数多く演じだ。エイミー・ヒルは、舞台上で圧倒的な存在感を放っていた。その他、KKモギーが演じたポストフマス(王女イモージェンの夫)役と、ジーナ・イー(イモージェンとの結婚を望む邪悪な継母女王の不器用な息子コルテン役)の2人の男性役も印象的だった。俳優たちは、主要な役を演じる機会を通じて熟練する。

上演後のトークには、原作を翻訳したアンドレア・トームが登壇した。彼女はチリ/コスタリカ系アメリカ人で、「複数の言語を操る 」劇作家だ。彼女は、英語を英語に翻訳するのは初めてで、女性だけのキャストに合うように台詞を作ったという。彼女のその言葉を聞いて、従来のシェイクスピア作品よりも親しみやすい言語である理由がわかった!『シンベリン』 は 「Play on!」の「36人の劇作家が翻訳するシェイクスピア・プロジェクト36 playwright translate Shakespeare project 」の作品の一つである。

今2024-25シーズン、パン・アジア・レパートリー・シアターは2月6日から3月9日まで、オフブロードウェイA.R.T./メザニン劇場で世界初演となる『My Man Kono』を上演した。

パン・アジアン・レパートリー・シアターは、1977年にティナ・チャンが芸術監督として設立した劇団である。「アジア系アメリカ人のアーティストが、アメリカ演劇の頂点に立つという夢を、公平に追いかけることができる 」ことを目標に設立された。東海岸で2番目に古いアジア系アメリカ人の劇団である。

公演作品には、中国の古典『紅楼夢』や、18世紀の中国を舞台にしたアンデルセンの童話『小夜啼鳥(ナイチンゲール)』などがある。新作の中には、あまり知られていないアジア系アメリカ人の歴史をドラマ化したものもある。

文/中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴38年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

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