2026年3月13日 COLUMN アートのパワー

アートのパワー 第73回 ミーラー・ナーイル(Mira Nair)(3)

国際的に高く評価される先駆的な映画・ドキュメンタリーの監督、ニューヨーク市長ゾーハン・マムダニの母親

『ミシシッピ・マサラ』では、前作と同様に、ナーイルとタラポレヴァラは下調べのためミシシッピ州を旅した。その途中で出会ったカーペット清掃業者のデメトリアスを男性主人公のモデルとした。ナーイルは政治学者マフムード・マムダニの著作『Citizen to Refugee: Uganda Asians Come to Britain』(1972年)を読み、ウガンダにおけるインド系ディアスポラについて学んだ。ナーイルとマムダニは1991年に結婚している。

『Monsoon Wedding』(2001)のポスター
(Photo: Wikipedia  https://en.wikipedia.org/wiki/File:Monsoon_Wedding_poster.jpg)

ナーイルが監督、彼女とミッチ・エプスタインが共同制作した(二人は87年に円満離婚)。ヴェネツィア国際映画祭で金オゼッラ賞、スーニー・タラポレヴァラは最優秀オリジナル脚本賞を受賞し、ナーイルは最優秀作品に対するゴールデン・チャック賞を受けた。この他、金獅子賞、1993年にはNAACPイメージ・アワード最優秀主演男優賞(デンゼル・ワシントン)にもノミネートされた(ワシントンが恋愛的役柄を演じた唯一の作品である)。本作の興行収入は730万ドルを記録した。同作は、制作から35年経た現在でも色あせることなく、今日の世界情勢にも通じるテーマである。

ミーラー・ナーイルの2001年の『モンスーン・ウェディングMonsoon Wedding』は、ニューデリーで行われる、世界各地のインド系ディアスポラの親族が集う、豪華で大規模な伝統的パンジャーブ系ヒンドゥー教徒の結婚式を描いている。パンジャーブの結婚式は、インド北西部のパンジャーブ文化(インドに存在する20の文化のうちの一つ)に基づいている。パンジャーブとヒンデゥーを融合させ、宗教と地域性が結びついている。主要宗教にはシク教もある。かつてより大きな勢力だったイスラム教は現在では少数派である。

脚本は、ナーイルがコロンビア大学芸術学部映画学科の非常勤准教授をだった当時の教え子で教育補助員でもあったサブリナ・ダーワンが執筆した。二人が、貧困に焦点を当てた西洋映画ではなく、現代の都市部に住むインド人上位中産階級を描く映画について語り合う中で企画が練られた。初稿は、ダーワンがMFA課程の学生だった時に1週間で書き上げた。撮影はデリーで行われ、出演者は全員ヒンディー語圏の俳優で、その多くはボリウッドとして知られるヒンディー語映画産業でも活躍している。本作は、過剰なボリウッド的豪華絢爛さを思わせる壮麗なプロダクションであるが、アマルディープ・シン著『ミーラー・ナーイルの映画——ディアスポラ・ヴェリテ』によれば、「シネマ・ヴェリテ」の技法を通して描かれた、写実的な家族ドラマを自然主義的かつ非メロドラマ的に提示した作品である。

2001年、本作は金獅子賞を受賞し、ナーイルはヴェネツィア国際映画祭の最高賞を受けた初の女性となった。また、ゴールデングローブ賞外国語映画賞にもノミネートされた。制作費は150万ドルで、世界興行収入は3,000万ドルを超えた。アメリカ国内での興行収入は1,390万ドルに達し、これはインド映画としては記録的な数字であった。

ナーイルの作品はオリジナル脚本に限られない。1987年のドキュメンタリー『My Own Country: A Doctor’s Story』は、エチオピア系アメリカ人医師アブラハム・ヴァーギーズの原作に基づき、テネシー州東部でHIV/エイズ患者を治療した体験を描いている。2004年のテレビ映画『悪女 Vanity Fair』(原作:William Makepeace Thackeray)では、野心的なベッキー・シャープをリース・ウィザースプーンが演じた(本作は金獅子賞にノミネートされた)。2006年の『その名にちなんで The Namesake』は、ピューリッツァー賞を受賞したインド系アメリカ人作家ジュンパ・ラヒリの小説が原作である。2016年の『奇跡のチェックメイト クイーン・オブ・カトゥエ Queen of Katwe』は、アメリカ人作家トム・クロザースによる、ウガンダのチェスの神童フィオナ・ムテジの伝記に基づいている。また、2012年作『ミッシング・ポイント The Reluctant Fundamentalist』は、イギリス系パキスタン人作家モーシン・ハミッドのベストセラー小説が原作で、2016年のBBCテレビ版『適切な花婿 A Suitable Boy』(原作:ヴィクラム・セス)では、1950年代のインドを描いた。

文/中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセサリー・アーティスト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴38年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

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