心のケア、あなたはどう考えていますか?
ニューヨーク在住の日本人コミュニティー、特に駐在員と帯同ご家族の皆様に向けてお届けするシリーズ。第5回は、アップルオフサモロジーで診療を行うと同時に、NYUランゴンヘルスとニューヨーク市立ベルビュー病院でレジデント教育にも携わり、臨床と教育の両面から医療に携わる眼科医、遊馬吉右衛門先生に、治療現場における「心のケア」について聞きました。

普段の診療で、患者さんやご家族の心の負担を感じるのはどんな瞬間ですか。そんなとき、先生はどのように声をかけていますか?
心の負担が大きく出やすいのは、やはり視力が低下していく患者さんです。見えにくくなることは生活全体に影響しますし、人生の見通しまで揺らぐ出来事だと思います。
人が外界から得る情報の多くは視覚から入ってくるので、その不安やショックは想像以上に大きくなりがちです。診療ではまず低視力のリハビリや治療から始め、残っている視力をできる限り生かせるようにします。そのうえで、患者さんと直接話す時間を取り、今どんな気持ちでいるのか、どんな不安を抱えているのかを丁寧に確認するようにしています。
改めて考えると、こうした患者さんには目の治療だけでなく、心の面でも支えにつながる提案ができるといいと思います。ただ、日本人の駐在員や帯同ご家族にこちらから積極的にサポートしてこられたかというと、正直そうではありませんでした。紹介できる選択肢が限られていて、医療者側のネットワークも十分ではなかったからです。
また、眼科は専門診療科ですが、実際には幅広いバックグラウンドをもつ人が来院されます。日本人や日本系アメリカ人の高齢者の中には一人暮らしの人も多く、診察中に「誰かに話したい」といった気持ちが伝わってくることもあります。深刻な精神状態でなくても、「つながり」があるだけで心が軽くなる。そうしたことを日々の診療の中で実感しています。
先生のご経験の中で、心のケアの重要性を強く実感した出来事はありますか?
患者さんが落ち込んでしまって、しばらく受診から遠のき、連絡が取れなくなってしまったことがありました。結果として、早い段階で来ていただけていれば対応できた可能性がある症状が、時間が経ったことで改善が難しくなってしまったケースもあります。タイミングを逃すと、取り戻せないことがあるんだと痛感しました。
実際に、気持ちが沈んでしまって何もする意欲が湧かず、治療のために来院するエネルギーそのものがなくなってしまう人もいます。それから、普段はしっかり生活しているように見える人でも、「失明する可能性がある」と聞かされることは大きなショックです。突然のことに心の準備ができていない場合も多く、ストレスへの対処がうまくいかないと、気持ちの落ち込みが長引いてしまうことがあります。そうなると、結果として治療にも影響が出てしまうことがあります。
患者さんによって受け止め方は本当にさまざまですが、だからこそ、心の回復力や受け止める力、そしてストレスと向き合う方法はとても大事だと感じています。
心の不調が疑われるとき、どのように他の医療機関や専門家と連携していますか?
私の経験では、心理的な要因が直接視力に影響しているケースはそれほど多くはありません。ただ、医療現場では心理的な負担が視覚の症状として現れることもあり、そうした場合には精神科医やソーシャルワーカーと連携しやすい環境が(病院には)あります。必要に応じて相談や紹介ができる仕組みがあるのは、病院の強みだと思います。
一方で、開業医の診療所となると、専門家につなげる仕組みがどうしても限られてしまっているように感じます。特に日本語で対応できる専門家は数が多くなく、患者さんにとっても医療者にとっても、「どこにつなげばいいのか」を判断するのが難しいのが現状です。だからこそ、必要なときにすぐアクセスできる仕組みや、安心して紹介できるネットワークがあるのはとても重要だと思っています。医療者側も患者さん側も、迷わずにつながれる道があると、それだけでハードルが下がると思います。
先生のクリニックでは、患者さんが安心して相談できる場をどのように作り出していますか?
一番大切にしているのは、クリニック全体の雰囲気ですね。患者さんが「ここなら安心して来られる」と感じられる空気があるかどうかは、心の面にも影響すると思います。特に患者さんが一番長く接するのは医師ではなくスタッフです。目の検査はそれ自体が不安を伴うことも多いので、スタッフが丁寧に声をかけて、落ち着いて検査を受けられるように配慮しています。実際に、スタッフとのやりとりが安心感につながったと言ってくださる患者さんも多くて、そこが支えになっていると感じます。
また、患者さんが急かされていると感じることがないように、患者さんの数を調整してしっかりと話を聞く時間を確保するようにしています。医療は検査や治療だけでなく、患者さんが「話せる」「受け止めてもらえる」と感じられることも非常に重要なポイントです。以前は待合室に、触ったり抱いたりして気持ちを落ち着けられるクマのぬいぐるみを置いていたこともありました。これらは小さな工夫ですが、それだけで緊張が和らぐ人もいます。こういう積み重ねが大切だと感じています。

遊馬先生ならではの細やかな配慮
ご自身や身近な人が心の不調を感じたとき、どのように受け止めましたか。また、その経験は医療者としての姿勢にどのような影響を与えましたか?
私自身も最近、同僚の勧めでセラピーを受け始めました。正直に言うと、最初は抵抗がありました。医療者という立場の人間ほど「自分は大丈夫」と思いがちで、助けを求めることに慣れていない面があると思います。しかし実際にセラピーを経験してみると、「話す場所がある」というのは、非常に大きいと感じました。誰かに話して整理できること、安心できる場所があることは、それだけで支えになります。 この経験を通じてセラピーは、人生の中で誰にでも必要になり得るものだと実感しました。
いわゆる「深刻な状態」や「限界」時だけではなく、日々のストレスが重なったときにも助けになる。そう思えるようになったことは、自分にとっても大きな変化でした。また最近では、有名なアスリートや著名人がセラピーや心のケアについて語る機会も増え、少しずつ身近なものとして受け止められるようになってきたと感じます。表面的には順調に見える人でも、心の状態が安定しているとは限りません。だからこそ、助けを求めることを弱さだと思わず、もっと自然なこととして捉えてほしいと思っています。
最後に、読者にメッセージをお願いします。
眼科医は心の専門家ではありませんし、「目の診察をする場所で心のことまで話していいのかな」と思う人もいるかもしれません。でも、もし不安なことや話したいことがあれば、遠慮せずに伝えてください。私にできることがあれば、できる限り力になりたいと思っています。そして、こうした取り組みが少しずつ広がって、必要な人が必要なときに支えにつながれるネットワークが育っていくことを願っています。現在は、心のサポートが求められる場面が増えている一方で、支援の仕組みはまだ十分とはいえません。医療機関も、心のケアにつながる入り口の一つになれたらうれしいです。

ナビゲーター:小風華香(Haruka Kokaze)
ワン・マインド(One Mind)/コロンビア大学メンタルヘルス+ワーク・デザイン・ラボ(Columbia University Mental Health + Work Design Lab)職場メンタルヘルスリサーチアソシエイト兼日本ストラテジー主任アナリスト スタンフォード大学病院 ハートフルネスフェロー
父の仕事の関係で東京、ニューヨーク、ヒューストン、ロンドンで育つ。幼い頃から、日本人駐在員とその帯同家族が精神的な困難に直面していること、また日本特有の価値観や人間関係を理解するメンタルヘルス専門家がアメリカでは十分ではないことを実感。現在はワン・マインドとコロンビア大学メンタルヘルス+ワーク・デザイン・ラボで、職場メンタルヘルスリサーチアソシエイトおよび日本ストラテジー主任アナリストとして、日本国内本社と海外支社の駐在員および帯同家族が直面するメンタルヘルスケアの課題に取り組む。同時に、企業とのパートナーシップ構築と成長支援にも注力している。2026年、ニューヨーク日系人会(JAA)の最年少理事に就任。兵庫県神戸市生まれ。
RECOMMENDED
-

客室乗務員が教える「本当に快適な座席」とは? プロが選ぶベストシートの理由
-

NYの「1日の生活費」が桁違い、普通に過ごして7万円…ローカル住人が検証
-

ベテラン客室乗務員が教える「機内での迷惑行為」、食事サービス中のヘッドホンにも注意?
-

パスポートは必ず手元に、飛行機の旅で「意外と多い落とし穴」をチェック
-

日本帰省マストバイ!NY在住者が選んだ「食品土産まとめ」、ご当地&調味料が人気
-

機内配布のブランケットは不衛生かも…キレイなものとの「見分け方」は? 客室乗務員はマイ毛布持参をおすすめ
-

白づくめの4000人がNYに集結、世界を席巻する「謎のピクニック」を知ってる?
-

長距離フライト、いつトイレに行くのがベスト? 客室乗務員がすすめる最適なタイミング
-

機内Wi-Fiが最も速い航空会社はどこ? 1位は「ハワイアン航空」、JALとANAは?
-

「安い日本」はもう終わり? 外国人観光客に迫る値上げラッシュ、テーマパークや富士山まで








