グランド・セントラル・ターミナルで12日朝、アンソニー・グリフィン容疑者(44)がマチェーテ(大なた)を振り回し、高齢の男女3人を切りつけた事件(被害者は84歳、65歳、70歳で、いずれも命は助かった)。通報を受けたニューヨーク市警察(NYPD)官2人が刃物を捨てるよう命じたが応じず、自らを「堕天使ルシファーだ」と名乗り警官の方へ動いたため、警官が発砲、その場で死亡した。15日付ニューヨークタイムズが、容疑者が事件に至るまでの背景を伝えている。

グリフィン容疑者はブロンクス育ちで、若い頃は「Fox 5」の名で知られる有望なバトルラッパーだった。1990年代末から各地で活動し、周囲から将来を期待されていたが、20代半ばになると音楽シーンから距離を置き、幼少期から関心のあった宗教研究に深く傾いていった。やがてローブ姿で聖書やコーランを語り、芸風も説教色が強まり、家族や友人から次第に遠ざかっていったという。
転落が決定的になったのは2021年10月、母親をがんで亡くしてからだ。親族の話によると、それを境に精神的に大きく落ち込み、立ち直れなかった。母名義のアパートにも住み続けられず退去を余儀なくされ、22年には市営のシェルターに入った。精神疾患の診断歴は警察にも家族にも確認されていない一方で、本人は地下鉄で「自分は神だ」といった内容をラップし、はたから見ても孤立や飲酒、睡眠不足が分かる状態だったという。
増えるヤングアダルトの宗教傾倒
アメリカでは近年、若い男性を中心に宗教や思想に強く引き寄せられる傾向が指摘されている。背景には、孤独や経済的不安、将来への不透明感があり、「自分の役割」や「生きる意味」を求める中で、特定の価値観に強く依存するケースが増えている。しかし、支援が不十分な状態で孤立が進むと、精神的なバランスを崩し、極端な思考や行動に至るリスクが高まる。
地下鉄で多発するメンタル関連暴力事件
今回の事件は、母の死、住まいの喪失(ホームレス化)、失業(経済的破綻)、孤立、宗教的言動の先鋭化が重なった末の暴発だが、ニューヨーク市では近年、精神状態に問題を抱えた人物による無差別的暴力事件が複数発生しており、公共空間の安全性が改めて問われている。市もこの問題に対応するため、地下鉄での見回り強化や、メンタル危機にある人への支援チームの導入、治療体制の拡充などを進めている。しかし現実には多くの重症者が支援の網からこぼれ落ち、今回のように重大な事件に発展するケースは後を絶たない。メンタル問題は個人の問題ではなく、都市の構造的問題なのだ。
危機意識と問題の背景への理解を
日本人にとっても通勤や観光で利用する地下鉄は身近な存在だが、パンデミック以降、地下鉄の「安全性」は急速に悪化している。地下鉄を利用する際は、「様子がおかしいと感じた人から距離を取る」「早朝、深夜、混雑時のリスクを見極める」「利用駅や出口の動線を確認する」「子どもや高齢者の単独移動は回避する」といった危機管理を徹底すること。同時に、こうした問題への理解を深めることがニューヨークで暮らしていくうえで重要であることを再認識したい。
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