ニューヨーク在住の日本人コミュニティー、特に駐在員と帯同ご家族の皆様に向けてお届けするシリーズ。第8回は、コロンビア大学メディカルセンターで産婦人科医として妊娠期から産後まで幅広く患者さんを支える常盤真琴先生に、産後の心の健康と「つながり」の重要性について聞きました。

お話を聞いた人 常盤真琴先生


1. 普段の診療で、患者さんやご家族の心の負担を感じるのはどのような瞬間ですか。そんなとき、先生はどのように対応されていますか?

妊婦健診で、「これを産婦人科医に聞く必要があるのかな」と感じるような質問を受けることがあります。例えば、産後に授乳がうまくいかなかった場合や、粉ミルクを作るときの水は水道水がいいのか、ペットボトルの水がいいのか、といった内容です。もちろん一つ一つ丁寧にお答えはしますが、そうした質問を受けると、「この人はもしかしたら、誰に相談すればいいのか分からない状態なのかもしれない」と感じます。そのため私は、「今、身近に相談できる友達はいますか」と聞くようにしています。実際に、日本に友人がいる、昔からの友人はいるが別の州に住んでいる、という人は多いのですが、「今この環境で子育てについて話せる人」がいないケースは少なくありません。こうした背景から、「誰かとつながっているかどうか」は、心の負担を考えるうえでとても重要なサインの一つだと感じています。

2. 産後において、心の負担が特に大きくなるタイミングや背景と、その対策は?

英語で “It takes a village to raise a child(ひとりの子どもを育てるには村が必要)” という言葉がありますがまさにその通りで、子育てには「村」が必要です。実際に近くにいるママ友は、ときにパートナー以上に大きな支えになることもあります。 特に駐在員の配偶者として来られている場合は、それまでパートナー中心に生活が回っていたことも多いかもしれませんが、赤ちゃんが生まれると生活の中心は一気に子どもに移ります。ただ、この変化は生まれる前にはなかなか実感しにくいものです。

また、産後で特に大変なのが産後2週間前後です。この時期は身体的にも精神的にも負担が大きくなりやすい一方で、新しく人とつながることは非常に難しくなります。だからこそ、その前の段階で支えになる人をつくっておくことが重要になります。 実際に患者さんに「困ったときに頼れる人が何人いますか」とお聞きすると、1人や2人、場合によっては0人という人も少なくありません。ある研究では、この数が6人以上いると「産後うつのリスクが低くなる」とも言われているため、「できれば6人を目標にしてみてください」とお伝えすることもあります。

3. 心の不調が疑われるとき、他の医療機関や専門家とどのように連携していますか?また、医療者としてできること、家族や周囲の人が日常の中でできることにはどのようなものがありますか?

ハイリスクだと判断した場合には、所属しているコロンビア大学メディカルセンター内の心のケアチームに紹介することがあります。 また、日本人の患者さんから日本語で対応できる専門家について相談を受けた場合には、日米ソーシャルサービス(JASSI)などのウェブサイトに掲載されている日本語対応可能な専門家のリストを紹介し、ご自身でアクセスしていただくこともあります。

特に日本人駐在員やその配偶者に見られるリスク要因としては、もともとニューヨークに来たいと思っていたわけではなくて、パートナーに帯同する形で仕事や学校を辞めて来米していること、家族や友人と離れていること、こちらでの友人関係がないこと、言語の壁があること、パートナーが忙しくて家庭内での会話が少ないこと、過去に人間関係で苦労した経験がトラウマになっていることなどが挙げられます。中には、「一日中話したのが赤ちゃんだけだった」という人もいますし、家事に対して必要以上にハードルを上げてしまう人もいます。こうした背景を踏まえたうえで、医療者としてできることは「村づくりのきっかけをつくること」だと考えています。

例えば、保護者学級や育児サポートグループ、家族ぐるみのイベントなどを紹介し、まずは一歩踏み出す機会を提供するようにしています。 日本で育った人は、アメリカに比べて社交的な場に触れる機会があまり多くなくて、自分からつながりを広げることに戸惑うことも多いと思います。それでも、その一歩がとても大切だと感じています。また、特に産後2週間目前後で大きな負担を感じている人には、「大丈夫、今がどん底ではなく、これからもっと大変になるよ」というように、少し視点を広げて捉えられるような声がけをすることもあります。

4. 先生のクリニックでは、患者さんが安心して相談できる場をどのようにして作り出していますか?

大きいのはやはり言語の安心感です。とはいえ、これは言葉が通じるということ以上の意味があると感じています。日本語でやりとりできることで、その裏にある文化的・社会的な背景の違いまで共有できているからこそ、患者さんは多くを説明せずとも、「一を話せば十伝わる」ように気持ちを伝えてくださいます。さらに、その人がどのような立場からその言葉を発しているのかを想像しやすいことも、大切な要素だと感じています。患者さんの置かれた状況を理解しているからこそ共通認識が生まれやすくなり、「ちゃんと聞いてもらえた」と感じていただけるのだと思います。

また、対面診療に加えて遠隔診療を活用することで、より気軽に相談できる環境を整えています。身体的な問題だけでなく、心の不調やセクシュアルな悩みなど、対面では話しづらい内容についても相談しやすいという声があります。遠隔診療は対面に比べて待機期間が短い場合もあり、アクセスしやすいという点でもメリットがあります。初診は対面で行い、その後は遠隔診療でフォローすることで継続的に安心して相談できる場を提供できていると感じています。

5. ご自身や身近な人が心の不調を感じたとき、その経験は医療者としての姿勢にどのような影響を与えましたか?

実はこうした「つながり」の重要性は、私自身の経験からも強く感じています。私自身も、来米して間もない頃に妊娠・出産を経験しました。その時期に東日本大震災が起き、自分は東北出身だったこともあり、離れている中で大きな不安を抱えていました。次の健診の際に、担当のアメリカ人産科医から「真琴、心配してたよ。家族や友達は無事?」と声をかけてもらいました。その流れで「日本人の友達はいる?」と聞かれ、「あまりいない」と答えると、「じゃあ私の友達を紹介するね」と言ってくださり、そこからつながりが広がっていきました。紹介された人がさらに別の人を紹介してくださり、最終的にはベビーシッターなども含めてサポートのネットワークができ、そのおかげで、産後も比較的早く安心して生活を立て直すことができました。

その当時は“It takes a village to raise a child ”という言葉は知りませんでしたが、振り返ると、私の子育ては村づくりの連鎖でしたし、これからも村なくしての生活は想像できません。この経験があるからこそ、今は患者さんに対しても「つながり」を意識し、その方自身の「村づくり」をサポートしたいと考えています。

6. 最後に、読者にメッセージをお願いします。

「村をつくる」ということは、子育てのためだけではなく、人生のあらゆるステージで重要です。実際に、日帰り手術を受ける際に「迎えに来てくれる人がいないから手術を受けられない」と言う人もいます。これは日本人に限った話ではありません。孤独は、目に見えない形で健康や人生に大きな影響を与えます。ときに、それは寿命にも関わってくる問題です。だからこそ、自分の周りに支えとなる関係を築いてほしいと思いますし、同時に自分自身も誰かの支えの一部になっていただけたらと思います。

ナビゲーター:小風華香(Haruka Kokaze)

ワン・マインド(One Mind)/コロンビア大学メンタルヘルス+ワーク・デザイン・ラボ(Columbia University Mental Health + Work Design Lab)職場メンタルヘルスリサーチアソシエイト兼日本ストラテジー主任アナリスト スタンフォード大学病院 ハートフルネスフェロー

父の仕事の関係で東京、ニューヨーク、ヒューストン、ロンドンで育つ。幼い頃から、日本人駐在員とその帯同家族が精神的な困難に直面していること、また日本特有の価値観や人間関係を理解するメンタルヘルス専門家がアメリカでは十分ではないことを実感。現在はワン・マインドとコロンビア大学メンタルヘルス+ワーク・デザイン・ラボで、職場メンタルヘルスリサーチアソシエイトおよび日本ストラテジー主任アナリストとして、日本国内本社と海外支社の駐在員および帯同家族が直面するメンタルヘルスケアの課題に取り組む。同時に、企業とのパートナーシップ構築と成長支援にも注力している。2026年、ニューヨーク日系人会(JAA)と米国日本人医師会の理事に就任。兵庫県神戸市生まれ。