日本のホラー映画界で独自の道を歩み続けてきた、白石晃士監督。取材映像やテレビ番組を組み合わせたモキュメンタリー手法を得意とし、「ノロイ」「貞子vs伽椰子」「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」シリーズなどを通して、国内外に熱狂的なファンを生み出してきた。

今回、ニューヨーク・アジアン映画祭(NYAFF)で、最新作「近畿地方のある場所について」が北米プレミアを迎えた。公開から20年以上を経ても海外で支持される「ノロイ」、自身と“Jホラー”との距離、そして今、海外で映画を作りたいと考える理由を聞いた。白石が語る「映画作りのロマン」と、その裏側にある“恐怖”をひもとく。
ホラー監督が見たニューヨーク
白石がニューヨークを訪れるのは、今回が2度目。街の印象を聞くと、まず挙げたのは多様な人がそれぞれの姿で暮らす自由さだった。
「身なりがすごく自由で、人の目を本当に気にしなくていい。いろんな人がいるので、そこがすごく過ごしやすいと思います」

一方で、「空気が悪い」「マリファナの匂いがそこかしこでする」「地下鉄の汚いところは本当に汚い」と率直な言葉も続き、中でもやはり、映画の舞台として気になったのが地下鉄だった。「迷路みたいで面白いですよね。出口もよく分からなくなるし、何回乗っても行き先を間違えちゃって。24時間動いているので、前回は飛行機が朝早くて夜中に乗ったんですけど、結構人が乗ってるんだなと思いました」
ただ、今すぐニューヨークで撮りたい物語が浮かんでいるわけではない。「しばらくニューヨークで過ごしてみないと、なかなかそこまでは思えない」と白石。街を歩き、人や空気に触れ、そこに漂う違和感をつかむ。時間を経て初めて、その土地は白石の映画の舞台へと変わっていく。
海外で愛され続ける「ノロイ」
「近畿地方のある場所について」は、背筋による同名小説を実写映画化した作品。行方不明になった編集者を捜すため、雑誌編集者とオカルトライターが過去の記事や映像、証言をたどり、ある地域に隠された異変へ近づいていく。

白石が依頼を受ける前から原作を読んでいたのは、その構成や世界観に自身の代表作「ノロイ」と近いものを感じていたからだ。
「これは映像化するなら自分でしょう、と思っていました。他の日本の監督が映像化するより、自分がやらなきゃいけないというか、そういう責任があるんじゃないかなと思いながら引き受けた感じです」
2005年公開の「ノロイ」は、失踪した怪奇実話作家が残した映像を軸に、テレビ番組や取材映像を組み合わせながら怪異の正体へ迫るモキュメンタリー作品。公開から20年以上を経た今も、日本発のファウンド・フッテージ・ホラーを代表する一本として海外で根強く支持されている。

「伝統的なJホラーにはアンチ気味」
不穏な映像や断片的な証言を積み重ね、見えない恐怖へと観客を引き込んでいく。白石は“Jホラーの第一人者”と呼ばれる一方、自身の作品を伝統的なJホラーとは捉えていない。
「自分の映画だから、Jホラーじゃないと思って作ってるんですけど、日本産のホラーだからJホラーと名付けられるというのもある。それはそんなに気にしてないです。ただ、伝統的なJホラーに対しては、ちょっとアンチ気味というか、カウンター気味な作り手だとは思ってます」

白石が好むのは、恐怖の正体を曖昧なまま残すだけでなく、人間と怪異が明確に対峙する構図だ。「アメリカ映画的な対決の構図」を好み、日本よりも欧米の観客に届くのではないかと考えながら作ってきた。
さらに、人間の幽霊を扱うことには「かなり抵抗がある」といい、「近畿地方のある場所について」を含め、人の姿をしていても「人間ならざるもの」という設定を置くことが多いという。
恐ろしいものを追う、映画作りのロマン
「ノロイ」や「近畿地方のある場所について」では、編集者やテレビ番組の取材班が映像や証言を集めながら怪異の真相を追う。そこには、白石自身の「恐怖とは何か」を探り続ける姿勢も重なる。

「映画を追い求めながら、考え続けながら作り続ける。そういう映画作りのロマンと、ホラー映画の中で恐ろしいものの真相を探り続けるロマンを、ちょっと重ねているところはあると思います」
しかし、そのロマンは恐怖と表裏一体でもある。「結局、映画作りも怖いっちゃ怖いですし。本当に失敗したら大変ですから。いろんな人と関わるので、相性の良くない人もいる。いろんな怖さの中で映画を作ってますから、そういう意味では映画作りもホラーなのかなと」
作品に登場する人間の不気味さも、日常で出会った人や経験が基になっている。機嫌の悪さで自分の意見を通そうとする人、暴力を振るう人、カルト宗教にのめり込む心理。一般的にはマイナスとされる人間の側面にこそ、白石は目を向ける。

「それも人間だよねって思うので、ただ毛嫌いするんではなくて、その真理というか、真相をもうちょっと深掘りして感じたい。映画の中では、良いとか悪いとか、善悪の基準で判断せずに描けると思うんです」
海外で「オリジナル」を作るために
白石が今、強く見据えているのが海外での映画制作だ。既に海外との共同制作を想定した企画も二つほど進めているという。
その背景には、日本独特の映画制作への違和感がある。企画の内容より先にキャストが決まり、SNSのフォロワー数が重視される。過去のヒット作と似た企画は歓迎されても、前例のない斬新なアイデアは通りにくい。さらに、一定規模のオリジナル作品を作る機会も少ない。
「自分もやっぱりオリジナルを作りたい。オリジナルを作る機会を増やすために、海外で作りたいなという。この間、フランスのフェイクドキュメンタリー映画祭に行った時も、現地の映画スタッフが“作るなら協力するよ”と言ってくれました」

全国公開の映画を数多く手がけても、経済的に豊かにならず、「こんなんじゃ生きていけない」と感じる現実もある。より良い制作環境を求めることは、映画を作り続けるための切実な選択でもある。
「より良い映画作りの環境を手に入れるためには、日本だけだと厳しいなと思っています。生活の心配をせずに、映画を作れるようになりたい。今は生活のために作っているところがあるので、そういう心配をせずに作りたいですね」
恐ろしいものの真相を追うように、自身が理想とする映画作りを追い求める。その道の先に何が待つのか、白石自身にもまだ分からない。だからこそ、そこにはロマンがあり、同時に恐怖がある。
取材・文/ナガタミユ
















