メイクアップアーティスト
ウツボ ケントさん
英語力もコネもなく独自に切りひらいた道
NYファッションウィークのさなかである2月14日。「ヘッド・オブ・ステイト」(Head Of State)のバックステージでは、メイクとヘアの仕上げに追われていた。ファッションショーのバックステージは、3時間ほど前から準備に取りかかり、30人ほどのモデルにメイクを施していく。
そのなかでひときわ目立つ金髪の男性が、メイクアップアーティストのウツボ ケントさんだ。ケントさんは前シーズンから同ブランドのメイクアップを担当して、20人のチームを束ねている。
今季のコレクションは「メモリーズ・オブ・ホーム」と題して、デザイナーのタオフィーク・アビジャコさんにとって、故郷ナイジェリアと、父親が一家を連れてアメリカに移民してきた旅がインスピレーション源だという。
メイクのイメージとして、ケントさんに頼んだのが、モデルたちが「海から上がってきたようなイメ−ジ」だという。そこでケントさんが作り上げたルックが、「人魚のような神秘的なルックス」だ。
「肌にオイルを塗って濡れたような質感を出して、泣いたような涙をクリエイトしました」
涙は、リップグロスを使用していて、ミストを当てて流れないようにしている。モデルのうち数人はカラーコンタクトレンズを嵌めていて神秘的な雰囲気だ。

デザイナーの求める世界観を、いかにメイクとして表現するか。ケントさんはそのメイクを作り上げ、見本とフェイスチャートを作り、チーム全員が同じクオリティのメイクを施していけるように指導する。

NYファッションウィークのバックステージには、実は日本人スタッフがかなり働いている。だが、ケントさんのように自分のチームを持ち、メイクアップのヘッドとして担当するとなると稀少だ。
ケントさんは神戸出身。大阪の美容学校を卒業したあと、20歳で初めてNYにやってきた。
いったん日本に戻ってメイクの仕事を続けたものの、やはり世界の仕事が集まる最終地点で勝負をしたいと思って、2年後の2012年に再び学生ビザでNYに上陸した。ほとんど英語力もないまま乗りこんだという。
そこから著名なメイクアップアーティスト、ヤディムさんなどの下で働いたりしながらも、ほぼ独学で、フリーランスとして道を切りひらいてきた。ふつう誰かに師事してアシスタントをしていく人が多いなか、これは非常に珍しいケースだ。いったいどのようにケントさんはブレイクスルーしてきたのだろう。
「自分のブランディングはけっこうしてきたとは思います」
とケントさんはいう。たとえばYouTubeやSNSでの発信を積極的に心がけてきた。
「キャラクター性を打ち出して、見つかりやすいようにしてきましたね」
実際にケントさんのルックスは、パッと目立つし、デザイナーのタオフィークさんも「ケントは最高だ、なにより彼はスタイリッシュじゃないか」と語る。
自分から営業に回ったわけではないが、SNSを通じて問い合わせが来たり、共通の知人に紹介されたりして、徐々に仕事が広がっていった。

もうひとつのこだわりがファッションを通してメイクを考えるという観点だ。
「この街でメイクができる人は山ほどいるけれど、ファッションを見て、デザイナーやディレクターがこういうメイクを欲しいといった時に、それを作れるかどうか。そこを考えながら、やってきています」
ケントさんは細やかなスキルを追求する日本では「メイクがヘタ」といわれて悩んでいたこともあるという。
「反対にヘタが自分の個性だと思って打ち出したらどうなるだろうと思って、それを出してから変わってきたと思います」
たしかにケントさんの独創的なアイデアに満ちたメイクは、インパクトがある。
「僕は自分が持っているのは、メイクのうまさではなくて、オーガナイズ能力だと思っているんです。手伝ってくれる人たちがいて、チームを作れたのが、僕の武器かなと」

今年でNY移住11年になるケントさんの活躍の場は、雑誌、広告がメインだ。
たとえばヴォーグやWといったファッション誌は、各国版の雑誌があるのだが、その撮影もNYで行われることが多く、ケントさんは世界の仕事ができるのがNYの醍醐味だと語る。 またケントさんはマドンナのMVでメイクを担当したが、これもNYでなければできないことだろう。
ランウェイの予定時間だった午後7時より1時間近く押して、ついに本番のランウェイが始まった。メンズとウィメンズのモデルたちが闊歩して、カメラのフラッシュが焚かれる。
ナイジェリアのモチーフを鮮やかなカラーや質感にこめる一方、ミニマルでカットアウトを施したスポーティなルックが提案される。長い準備をかけたショーは、拍手喝采のなかで終わり、楽屋では大きな歓声があがった。
「まだまだこれから。できることは精一杯やって、負けないぞという気持ちでやっています」と謙虚に語るケントさん。彼の活躍は、さらに広がっていくに違いない。
取材・文 Ellie Kurobe-Rozie
写真 Yuki Kunishima

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