津山恵子のニューヨーク・リポートVol.39
コミュ力なしでも首相になれる日本
ハリス、渾身の演説で躍進

ハリスに対する批判的な声が相次いだ
(8月21日午後、イリノイ州シカゴ、photo by Keiko Tsuyama)
日本では9月に自民党総裁選挙があり、「ポスト岸田」を決める。アメリカは11月の大統領選挙で今後4年のリーダーが生まれる。2つの首脳選挙を見比べると、日本の首相候補らが演説や答弁がきちんとできるのかという「コミュニケーション力」は全くの未知数だ。
8月22日夜、民主党大統領指名候補のカマラ・ハリス副大統領は、受諾演説を行なった。民主党大会のクライマックスだ。単語の前後に十分な間をおき、強調するセンテンスは声を枯らし、エレガントな手振りを加え、渾身を込めた様子が伝わってきた。この演説で「presidential(大統領らしい)」とメディアや国民に言わせるため、おそらく相当の練習をしたに違いない。それもわずか1カ月で、副大統領から大統領候補に変身を強いられた。
「自信に満ちた、信念がある、大統領らしい」演説だったと翌日のニューヨーク・タイムズ。これは、ハリスが喉から手が出るほど欲していた見出しだろう。
プレッシャーも大きかった。大会2日目には、バラク・オバマ元大統領とミシェル元ファーストレディと人々を魅了するスピーチ上手なコンビが登壇。特にミシェルは、人々の気分を高揚させただけでなく、「Do something!」というキーワードを使って投票行動に移すように危機感をもあおった。政策には触れなかったものの大統領らしいと思わせるオーラさえある。
3日目はビル・クリントン元大統領が、温かみあるチャーミングな演説でさらに盛り上げる。人気のオプラ・ウィンフリーは、黒人の公民権運動を振り返り、ハリスの血に流れる歴史を強調した。ステージに上がるだけで人々が総立ちになる演説の達人らが、ハリスの前に人々を十分に興奮させ、それぞれのコミュニケーション力を発揮した語り口で地ならしをした。ここでハリスが、人々を失望させるわけにはいかない状況だ。
しかし、彼女は難行を成し遂げた。彼女がステージから去っても、興奮した人々はダンスを続け、会場から去らなかった。
自民党総裁選はどうか。こんな崖っぷちに追いやられるような場面は一切なく、国民とのコミュニケーション力があるかどうかが試されることはない。日本は議院内閣制で、多数党が首相を選び、国民が選べない制度だというのは言い訳だ。首相になったら、国民の代表であり、国民にサーブする身となる。
派閥はなくなったものの、依然として推薦人集めが焦点。最後の内閣総理大臣指名選挙も人集めに終始し、メディアもその動きを伝えるだけ。真に国民に迎え入れられる演説や国会答弁ができるかどうかは、首相になっても分からないことが多々ある。
クリントンは民主党大会の演説で、こう言って拍手喝采を浴びた。
「トランプはme,me,meだ。カマラが君たちの大統領になったらyou,you,youとしか言わないだろう」
日本の政治家にも聞いてもらいたい言葉だ。
(敬称略、写真と文 津山恵子)

津山恵子 プロフィール
ジャーナリスト。専修大文学部「ウェブジャーナリズム論」講師。ザッカーバーグ・フェイスブックCEOやマララさんに単独インタビューし、アエラなどに執筆。共編著に「現代アメリカ政治とメディア」。長崎市平和特派員。元共同通信社記者。
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