新連載① 河原その子の偏愛的劇場論

(l-r): Katrina Lenk as ‘Manke,’ Adina Verson as ‘Rivkele’ in INDECENT, a new play by Paula Vogel, co-created by Paula Vogel and Rebecca Taichman, and directed by Rebecca Taichman, at the Cort Theatre, 138 West 48th Street. © Carol Rosegg
「インディーセント(Indecent)」
上映時間100分
Coat Theater 138 W. 48th St. Tel 212-239-6200 www.IndecentBroadway.com
心を揺さぶられる舞台に出会った。そのことについて書きたい。人気俳優が出演していないためだろうか、日本語での情報が極端に少ない。でも、これを見逃すのは惜しい。1人でも多くの日本人に観てほしい。8月6日のクローズ前に!
「インディーセント」(脚本ポーラ・ボーゲル、演出レベッカ・タイシュマン)は、ユダヤ文化への貢献か侮辱かで大きな物議を醸したポーランド出身のイデェッシュ語作家ショレーム・アッシュによる「復讐の神」のブロードウェー初演時のスキャンダルをもとに、同作品の上演に人生をかけたユダヤ人アーティストたちの魂の軌跡を描いた作品だ。

(l-r): Katrina Lenk as ‘Manke,’ Adina Verson as ‘Rivkele’ in INDECENT, a new play by Paula Vogel, co-created by Paula Vogel and Rebecca Taichman, and directed by Rebecca Taichman, at the Cort Theatre, 138 West 48th Street.
© Carol Rosegg
1907年、ワルシャワでショレームが新作「復讐の神」の台本を劇団メンバーに読み聞かせる。ユダヤ人売春宿の主人は純真な娘を溺愛しつつ、神への冒とく意識に苛まれ、トーラ(モーゼの五書)を手に入れ、救いと娘の真っ当な結婚を願う。しかし、娘が、自分が雇う売春婦と愛し合っていることを知り激昂する。2人の愛は純真無垢な魂の融合だった。
舞台監督のレメールはそこに描かれる愛の崇高さに圧倒され、人生をこの作品の上演に尽くすことを決意する。芝居はヨーロッパ各地で成功を収め、ニューヨークのダウンタウンでの英訳上演も成功する。しかしブロードウェー進出の前に最も美しいと評されていた、女性同士の情熱的な愛の姿を描くラストシーンが、道徳的な理由から変更を迫られる。最終的に売春婦が娘を誘惑する設定でのラブシーンに書き変えられたが、レメールにとってこれは魂の売り渡しに等しく、ショレームと袂を分かちポーランドへ去る。1923年2月19日ブロードウェー初日。女性同士のキスシーンを含む芝居のテーマは物議を醸し、3月6日、出演者たちは上演中に猥褻罪で逮捕される。時代は進みヨーロッパでのユダヤ人迫害を受けショレームは「復讐の神」を封印。強制収容所の列に佇むレメールは、目を閉じ、失われたラストシーンを想う。
舞台は、移民政策の強化、反ユダヤ主義の台頭、イデュッシュ語文化の衰退、表現の自由弾圧の歴史を背景に静かに進行する。そして終幕、マッカーシズムの影が濃くなりはじめた50年代、老いたショレームのもとへ、若者が「復讐の神」の上演許可を求めにやって来る。そこで私たち観客は驚くべきラストシーンに出会う(ネタバレのため、秘密)。
7人の俳優と3人のミュージシャンが、語り、踊り、歌い、ときには具体的なキャラクターとして、ときには象徴的群像として時代に翻弄される人間の物語を紡ぐ。作品を共に育んできた俳優たちのアンサンブルが、流れるように演じる役を変え、全ての要素が、本流から分かれて支流になり、また本流に戻る水のごとく、1つ方向に流れてゆく。演出は空間を詩にした。これが「米国演劇の底力」と敬服した。
たかが戯曲上演のスキャンダルをめぐるユダヤ人移民の話と切って捨てるなかれ。ラストシーンを見終えた後、「これって、今起こっていることじゃない? アメリカでも、日本でも、世界でもこれからもっと起こることじゃない?そして自分にも」。ズシンと来た。そして無性に伝えたくなった、この舞台のことを。
ニューヨークタイムズの批評をはじめ、玄人筋からは大絶賛。しかしトニー賞受賞(演出、照明)ながら作品賞を逃したためかクローズが決定。観劇を先延ばしにしていた私は、師と慕う演劇プロデューサー仙石紀子氏の「観るべきよ」の一言から即日チケットをゲット。感謝している。まだ伝える時間がある。ニューヨークで、オリジナルキャストで観る最後のチャンスだ。失われたラストシーンを、劇場でその目に焼き付けてほしい。
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ワンポイントアドバイス!
開演30分前に入場し、プレイビルをゲット。作品の理解に役立つ年表を一読しておこう。
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河原その子(舞台演出家、ニューヨーク在住)
New York Theater Workshop, The Drama League、Mabou Maines などのフェロー&レジデント。フォーダム大学招待アーティスト。リンカーンセンター・ディレクターズラボ、日本演出者協会会員。コロンビア大学M.F.A.(演出)。www.crossingjamaicaavenue.org
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