アメリカには「レイトショー」という番組があって、スティーヴン・コルベアというコメディアンが、その時の権力者—大統領をボロクソにネタにする番組がある。何年か前、YouTubeでスティーヴン・コルベアが当時のブッシュ大統領を、ホワイトハウスの晩餐会でジョークでボコボコにしていた映像を観た。

調べてみると、それは「ホワイトハウス・コレスポンデンツ・ディナー」と呼ばれるホワイトハウスが主催する年に一度のイベントで、ジャーナリストや特派員、メディア関係者、セレブリティーが招待され、大統領を最前列に座らせて、その年いちばんキレッキレのコメディアンを招待し、大統領をロースト(ジョークの的)にするというものだった。
そのときは、イラク戦争の失敗などを痛烈に、容赦なく皮肉り、大統領は全米で赤っ恥をかかされた。その動画を見て「コメディアンって、かっこいいなぁ」と思った。そして2018年、まだ日本に住んでいた僕は、たまたまニューヨークに1週間ほど行く予定があり、そのときにその番組の観覧に行った。
正直、英語は全く分からなかったが、彼はとても品良く、16年に当選して大統領だったトランプを笑いものにしていた。
ところで、1週間ほど前にInstagramを見ていたら、「コルベアがキャンセル」と出ていた。要は、スティーヴン・コルベアが番組をクビになる、と。すぐに調べてみたら、大統領選のときのカマラ・ハリスのVTRを、番組側が少しカマラがどもっている部分を編集して放送した。それをトランプが「自分にとって不公平だ」として番組を訴えた。
ちょうどそのタイミングで、この番組の親会社が別の会社と合併しようとしていて、そのためにはトランプ政権の監査が必要だった。裁判では勝てる内容だったが、「早めにトランプ側に金を払ってしまえば、監査もスムーズにいくだろう」と考えたのか、解決金が支払われた。そしてその3日後、コルベアの降板が決まった。だから「これはトランプの圧力だ」と疑われている。
しかし、コルベアがどれだけ愛されているか—彼が辞めると発表された翌日、デモが起きた。「コルベアを残せ」「出ていくのはお前だ、トランプ」と書かれたプラカードを掲げる人たちがたくさんいた。
そしてその翌日、トランプのXには「最高!コルベアがクビになった!」と投稿されていた。まさに、さすがのラスボス感。言論の自由が保証されているはずのアメリカでも、圧力によって仕事を奪われると、人々は不安になり、黙り出す。
実際、トランプ政権誕生以降、彼を批判した音楽家や画家など、さまざまな分野の人たちがアメリカのビザを更新できなかったりしている。
この前、僕がケンタッキー州で日本人の人たちに呼ばれてライブをやったときも、現地の日本人の方々から「トランプのネタは本当にやめたほうがいいです」と連絡が来た。たぶん、誰かが口伝えでそう伝えてきたんだと思う。 安心の言葉はなかなか広がらないのに、不安は一気に伝染する。まるで中国や北朝鮮のように、誰もそれをジョークにしなくなる。
日本で僕がテレビに出ていた頃、当時の自民党などの政治家を批判するネタをやると、「お笑いでそんなの見たくない」とクレームが来た。他の芸人もやっていて、そればかりでうるさいなら分かるけど、ほぼ僕しかやっていなかったのに。
なぜ、そんなにごくわずかな声を「聞きたくない」と思うんだろう? もしかすると、自分が「幸せだ」と思っていた世界に問題があると知らされ、不安にさせられたくないのかもしれない。
この前、イギリスのニュースが日本の参政党について「日本にも極右政党が誕生した」と報じていた。人々の心が貧しくなれば、極右が育つ土壌が整う。自分の苦しさや不安を手っ取り早く誰かのせいにするなら、ターゲットは外国人だ。「俺たちの安心な治安を守るために」と言って、排除が始まる。
極右の空気になれば、国を批判する言葉や、その政党を笑いにするジョークはどんどん規制されていく。実際、参政党の党員の演説にヤジを飛ばした国民が、その議員から「非国民」と呼ばれていた—それは、戦時中の言葉だ。
ジョークとは、笑うということは、不安を一瞬忘れることができる唯一の行為だ。アメリカはたとえトランプが戻ってきても、コルベアがクビになっても、まだコメディーは生きている。トランプが何かおかしなことを言えば、アメリカのどこかのコメディクラブで、コメディアンがジョークの引き金をガチャンと引く音が聞こえる。
だから、政治に対して「クソだ」と言ったり、ジョークにできたりするのは本当に幸せなことなんだ。今のところ日本には言論の自由がある。しかしニューヨークと違い、皆それを放置し大切にしていないように感じる。
Profile:村本大輔
「アメリカでスタンダップコメディーがしたい」と2024年2月に、単身でニューヨークに来たウーマンラッシュアワー・村本大輔(43)。日本のテレビ界を抜け、アメリカのコメディーシーンに魅力を感じ自分を試すため、毎晩コメディークラブに飛び込みオープンマイクを握る。この連載では、そんな彼がニューヨークという劇場を舞台に繰り広げる、一筋縄ではいかずともどこか愛おしいニューライフをつづります。
公式INSTAGRAM
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公式X
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ドキュメンタリー映画「アイアム・ア・コメディアン」
https://iamacomedian.jp/
過去のエピソード
第1回 「パクチーが、言えない」
第2回 「This is America!」
第3回 「あの日々は夢だった? 竜宮城(日本)より」
第4回 「にぎやかな街と、僕」
第5回「保険に入っていなくて、病院にかかった」
第6回 「言葉を絵の具のように」
第7回「マイノリティーを責めてはいけない」
第8回「日本の温泉街で働く75歳のおばあちゃん」
第9回「いくつになっても、コケるということ」
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