僕はこの街でコメディアンをやっている。日本で芸人を20年やって、この街に挑戦しようと東京からニューヨークに引っ越して来て6カ月だ。高校も行ってない、40歳で付箋ってやつや、赤色の透明の下敷きを使った。Be動詞の存在を知ったのも38歳とかだ。
そんな僕はアメリカにきた。その理由はこの連載の中でいつか話す。とりあえず担当の人から「この街に来て、この街に住む日本の人たちが初心を思い出すような、初心者移住者としての気持ちを素直に書いて欲しい」と言われたので、話すんだけど、ニューヨークに来てたくさん辛かったことはあるが、一番辛かったのは、パクチーだ。
「え?そんなレベルのこと?」と思うだろうが、僕は本当に本当にパクチーが苦手で、あの香りが、あの味が心の底から苦手で、パクチーをたとえ取り除いたとて、「おまえ、そこにいただろ!?」ってやつがそこにいた気配に気付くぐらい、パクチーが苦手なんだ。それを人に話すと「本当においしいパクチー食べたことないからだよ、私も昔は無理だったけどある日…」みたいな話はよく聞くから、タイにも行って、有名な店にも行ってみた。克服する努力もした、しかしこれだけは無理だった。だが、ニューヨークに来たら、ありとあらゆるものにパクチーが入っている。
タイ料理やメキシコ料理ならわかる、この街ではラーメンにまで入っていたことがある。しかもいつから彼らは、許可なく、我々の食べ物に入るようになったんだ。日本では一応、「パクチー入ってますけどよろしいですか?」の一言があった。ニューヨークでは、いつのまにか市民権を獲得し、もうパスポートなしで、我々の食べ物に入国できるようになった。僕たちが入国する時の審査にどれだけ苦労してるか、パクチーはパクチーの分際で、飛行機のパイロットやCAのように、列をすり抜けスっと入国しやがる。
cilantro(パクチー)が入っていると「cilantroいりません」と伝えるんだが、全然伝わらない。一番苦手なのは香りや、味ではなく発音だった。食べ物からパクチーを抜いてもらう前に、cilantroからLとRを抜いてもらわないといけない。僕たち日本人は、何よりも苦手なのはLとRだ。LとRが入ってるせいで「cilantroなし」で、が全く伝わらない。一番嫌いな食べ物をいらないと言えない試練が、ニューヨークにきての一番大きな試練だった。最初にニューヨークで泣いたのは「cilantroなしで」が言えなかった時だ。
ニューヨークでホームシックになった時、ラーメンを食べに行った。そしたらそこにそれが入っていて、店員さんに「これ要らない、抜いて欲しいcilantro」って言ったら全く伝わらなくて、cilantroも言えないのに芸人でニューヨークでやってけるのかって思った時に昼のラーメン屋のカウンターで泣いたのが、最初のニューヨークの涙。それをネタにしてコメディクラブで話してたけど、cilantroのくだりが全く伝わらない。だって言えないんだから。せっかくそのネタは最高に面白いのに、それが言えないので伝わらない。
それから6カ月、そのネタを言い続けてた結果、cilantroが言えるようになった。言えるようになったら「cilantroが言えないんです」と言っても言えるようになってるから説得力がなくなってウケなくなった。ニューヨークコメディアンの挑戦、前途多難だ。
Profile:村本大輔
「アメリカでスタンダップコメディがしたい」と2024年2月に、単身ニューヨークに渡ったウーマンラッシュアワー・村本大輔(43歳)。日本のテレビ界を抜け、アメリカのコメディシーンに魅力を感じ自分を試すため、毎晩コメディクラブに飛び込みオープンマイクを握る。この連載では、そんな彼がニューヨークという劇場を舞台に繰り広げる、一筋縄では行かずともどこか愛おしいニューライフを綴ります。
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ドキュメンタリー映画「アイアム・ア・コメディアン」
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