心のケア、あなたはどう考えていますか?
ニューヨーク在住の日本人コミュニティー、特に駐在員とそのご家族の皆様に向けてお届けするシリーズ。第4回は、理学療法博士で整形臨床スペシャリストの瓜阪美穂先生に、理学療法の現場で感じる「心のケア」について聞きました。

1. 理学療法の現場で精神的なサポートが必要だと感じる場面は?瓜阪先生のクリニックではどのように対応していますか?
クリニックでは、心の健康が非常に繊細なトピックであることを前提に、できるだけ自然な形でアプローチするよう心がけています。特に駐在員やその家族は慣れない文化や言語の中で懸命に日常を築こうとしており、自分でも気づかないうちに心身にストレスが蓄積しているケースが少なくありません。たとえば、慢性的な腰痛や肩こりがなかなか改善しない背後に、抑うつや不安といった心理的な要因が隠れていることもよくあります。こうした場合、私たちは「心のケア」といった直接的な言葉を使うのではなく、運動指導や施術の中にさりげなく心理的な配慮を織り込むようにしています。
ヨガやピラティスのインストラクターとも連携し、患者のその日の状態に応じて、声のトーンや触れ方、使用する音楽などを丁寧に調整しています。また、スタッフ間でも定期的にケースを共有し、体の痛みの背後にあるかもしれない心のサインにも目を向けるよう意識しています。このように、心と体の両面から自然に働きかけることで、患者自身が気づかないうちにサポートを受け入れやすくなり、結果的に治療全体への前向きな姿勢につながっていくと感じています。
2. そうした工夫の背景には、ご自身の経験もありますか?臨床にも何か影響がありますか?
私自身も過去に圧倒されるような気持ちや自己不信、自己肯定感の低下といった心の揺らぎを経験したことがあります。その体験が今の私の治療アプローチに大きな影響を与えています。特に実感しているのが、身体的な強さと精神的な自信との間にある深い関係です。とくに体幹の安定は、姿勢や動きだけでなく、心の在り方にも影響を及ぼします。実際に体幹の筋力が向上することで、患者さんが以前より堂々とし、自信を持って自分の状態を表現できるようになる場面を数多く見てきました。私自身も空手を続けており、日々の稽古を通じて、気分の安定や自己評価の変化を肌で感じています。そうした実体験が患者さんへの理解や寄り添い方にも活きていると感じます。
また、ある解剖学の専門家が「500体以上の遺体を解剖して分かった」と語っているように、人の性格や思考パターン、そして生き方までもが、身体の組織、特にファシア(筋膜)に刻まれているといった興味深い考察があります。つまり、亡くなった後であっても、その人の内面や人生の軌跡が体に表れているというのです。
例えば、慎重で内向的な人の体と、情熱的で表現力豊かなダンサーの体とでは、明確な違いがあるそうです。私の臨床の中でも、日本人女性のスクワット動作と、発言時の声のトーンや自信との間に、明確な相関を感じることがあります。内股の姿勢は、控えめで自信のない印象を与えがちです。一方で、足幅を広くとり、体幹でしっかりと支えた「がっつりとした」安定感のある姿勢は、空間を堂々と占める印象を与え、声の出し方や所作にも自然と力強さが現れます。こうした体の使い方の違いが、社会的ふるまいや自己表現にも影響を与えるのです。心と体は常に影響し合っており、体から心へ、心から体へと、双方向のアプローチが可能であるということを、私は毎日の診療の中で強く実感しています。
3. 日々の臨床の中で心のケアの重要性を実感した印象的な出来事はありますか?その際、どのように対応していますか?
回復が早い人とそうでない人を見比べていると、心の状態が治療の質に大きく影響していることを実感します。プロのダンサーやアスリートは、自分の身体感覚への理解が深く、こちらのアドバイスをすぐに取り入れ、自主的に動いてくれるので回復も非常にスムーズです。一方で、心に不調を抱えている人は、そもそも自分の痛みをうまく言語化することが難しく、「なんとなく痛い」といった表現が続くことが多いです。こうした人たちには、人に言えない葛藤や生活環境からくるプレッシャーが潜んでいることもあります。そのため私たちは、単に体の症状だけを見るのではなく、その人の言葉にならない「沈黙」や「態度の変化」からも心の状態を読み取る意識をもつように心がけています。
4. 特に30代〜40代の女性に多く見られる身体的な症状と心の健康の関係性について教えてください。
特に多く見られるのが、肩の凝りや首まわりの緊張です。一見すると筋肉や姿勢の問題のように見えますが、実際には脳と自律神経の過緊張によって引き起こされているケースが非常に多いと感じています。つまり、これは体の表面的な問題ではなく、脳や神経系が過剰にストレスにさらされているサインなのです。当院では、こうした症状に対して単なるマッサージやストレッチではなく、脳と交感神経系に対する徒手療法を中心に治療を行っています。深い呼吸を取り戻し、体と心の緊張を少しずつ解いていくことで、単なる凝りの解消を超えて、自分の内側にある声に気づき、自分自身をケアする感覚を取り戻していく人も多いです。
5. 最後に、読者にメッセージをお願いします。
心のケアは、全体的なパフォーマンスや生活の質を直接的に高めることにつながります。精神的・身体的なストレス、つまり「アロスタティック負荷」を軽減することで、仕事や家庭、そして社会生活においても、より良い自分を実現できると思います。心のケアは、従来のカウンセリングだけでなく、ピラティスなどの運動を通じて行うことも可能です。自分に合った方法を見つけ、ためらわずにサポートを求めてください。

ナビゲーター:小風華香(Haruka Kokaze)
コロンビア大学病院/職場メンタルヘルスリサーチアソシエイト兼日本ストラテジー主任アナリストニューヨーク大学病院/アルコール依存症、薬物依存症フェロースタンフォード大学病院/ハートフルネスフェロー
父親の仕事の関係で東京、ニューヨーク、ヒューストン、ロンドンで育つ。幼いころから日本人駐在員とその帯同家族が精神的な問題に直面していること、また、日本特有の価値観や人間関係を理解するメンタルヘルス専門家がアメリカに不足していることを実感。現在はコロンビア大学のMental Health + Work Designラボで、職場メンタルヘルスリサーチアソシエイトおよび日本ストラテジー主任アナリストとして、日本国内の本社とアメリカ支社の駐在員とその帯同家族が直面するメンタルヘルス問題を担当。同時に企業とのパートナーシップ構築と成長支援にも注力している。兵庫県出身。
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