■当選の理由はじつにシンプル「暮らしを楽にする」
このように見てくれば、ゾーラン・マムダニ当選の理由は、極めてシンプルである。彼は繰り返し、貧困からの脱出を訴えたからだ。
キーワードは「Affordability」(アフォーダビリティ)。要するにフツーにやり繰りができる暮らしをつくる。全米でもっとも生活費が高いNYを、もっと住みやすくする。そのための政策をやるというのだ。
マムダニが掲げた主な公約は、安価な食材を販売する市営スーパーの創設、公営(NYC交通局)のバスの無料化、「ユニバーサル・チャイルドケア」(全家庭への無償保育サービスの提供)、賃貸住宅の家賃の凍結である。
いずれも社会主義的政策だ。公金のバラマキと言ってもいい。ただし、本人は「民主社会主義」(democratic socialism)と言い、この民主主義の枠組みの中で、社会保障制度の拡充や、混合経済、市場経済などを通じて労働者や市民全体の利益を追求するのだという。
とはいえ、これはもちろん、資本主義には相反する。
■これなら投票する!感動したマムダニの勝利スピーチ
私はどちらかと言うと、左でもリベラルではない。かといっても、右でも保守でもない。そのようなイデオロギーや色分けで、考えや行動を規定することをバカバカしいと思っている。
それで、マムダニの勝利スピーチを改めて聞いてみたが、素直に感動した。これなら、生活に精一杯の人々の心を動かすのは当然だと思った。
以下、彼の勝利スピーチの核心、私が感動した部分を抜粋する。(翻訳文は、YouTubeなど演説画像からアレンジした)
「この新しい時代を、私たちは自らの手で築いていく。分断と憎悪をあおる者たちが、私たちを互いに敵対させることを、けっして許さない。いまこの政治的暗闇のときにあって、NYこそが光となる」。
「あなたが移民であっても、トランスジェンダーのコミュニティの一員であっても、ドナルド・トランプによって連邦の職を解雇された多くの黒人女性の1人であっても、食料品の値下がりをいまも待ち続けるシングルマザーであっても、あるいは壁際に追い詰められた誰かであっても、私たちは愛する人たちのために立ち上がることを信じている。あなたの闘いは、私たちの闘いでもある」
「これまで繰り返されてきたように、億万長者の階級は、時給30ドルで働く人々に、自分たちの敵は時給20ドルの労働者だと思い込ませようとしてきた。 彼らは、私たちが互いに争い、壊れきった体制をつくり変えるという本来の仕事から注意をそらすことを望んでいる。しかし、もう2度と彼らにゲームのルールを決めさせはしない。彼らにも、私たちと同じルールで戦ってもらう」
「結局のところ、ドナルド・トランプに裏切られたこの国に、彼を打ち負かす方法を示せるのは、彼を生み出したこの街、NYしかない。そして、独裁者をもっとも恐れさせる方法があるとすれば、それは彼が権力を握ることを可能にした条件そのものを取り除くことだ」
「NYはこれからも移民の街であり続ける。移民によって築かれた街、そして今夜からは、移民によって導かれる街となる。だから聞け、トランプ大統領。私がこう言うとき、心して聞け。私たちの誰かに手を出そうとするなら、あなたはまず、私たち全員を相手にしなければならない」
「私はムスリムであり、民主的社会主義者だ。そしてもっとも非難されるべきことに、私はそのどれについても謝る気はない」
「それ(本当のNY)は、家賃が急騰しないことを知って安心して目覚める、家賃規制下の住民たちの生活に感じられる。それは、長年働いて手に入れた自宅に住み続け、孫たちが近くに暮らせる祖父母たちの生活に感じられる」
「それは、通勤が安全で、バスが速く、子どもを急いで学校に送り届けなくても仕事に間に合う、シングルマザーの生活に感じられる。そしてそれは、朝の新聞を開いたとき、 スキャンダルではなく成功の見出しを読むニューヨーカーの胸にも感じられるだろう」
どうだろうか?
これでは、生活が苦しい人間は誰だってマムダニに投票するだろう。それが、理想論にすぎず、現実的に実現するのには無理があるとしても、彼の言葉に心を動かされるだろう。実際、マムダニの得票率は50%を超え、クオモ前ニューヨーク州知事の約42%、共和党のカーティス・スリワ候補の約7%を大きく上回った。しかも、18〜29歳の62%、30〜44歳の53%が、マムダニに1票を投じた。その中には、普段は選挙に行かない多くの若者たちがいた。
■日本人はモスリムに対して拒否反応が強い
ところが日本では、このようなNYの現状よりも、マムダニ新市長が移民であること、イスラム教徒であること、さらに民主党急進左派で反トランプであることにスポットを当てた報道が多かった。
参政党という極右政党が躍進し、高市首相が誕生したことで、日本は明らかに右傾化し、多くなった外国人に対する反感が増している。
そうした風潮を受けて、SNSやヤフコメなどの投稿を見ると、イスラム教徒がNY市長になったことに驚き、それを受けて、こんな投稿もある。
「NYで起こったことは、日本でも起こる可能性がある。ロンドンでもパキスタン系でモスリムの市長が誕生して、ひどいことになっている。
日本もこのまま外国人を受け入れたら、ムスリム支配になる。これ以上の外国人受け入れには絶対反対しよう」
「甘いです。英国では自由に犬の散歩ができなくなりました。市長がムスリム系になったことで、ムスリム優先になった市があります。犬は不浄という認識なので、公道でも散歩できるエリアは限定され、ムスリム市民が多い地域で犬の散歩をすると警察が出動します」
「NYは同時多発テロでムスリムにやられたのじゃなかったのか?まったく信じられない」
■日本の報道の多くが「トランプへの逆風」を強調
もう一つ、日本の報道で多かったのは、ごく当たり前の政治報道、いわゆるアメリカの政局報道である。
これは、NY市長選と同時に行われたバージニア州とニュージャージー州の知事選で、民主党の女性候補がいずれも共和党候補を破ったからである。
NY市長選と2州の知事選は、第2次トランプ政権発足後初の大型地方選挙だったから、トランプに対する評価が大きく反映された。その意味で、トランプに対する「逆風」が吹いたと言っていい。トランプは、今後レイムダック化していくだろう。
しかし、3選挙区とも民主党の地盤なので、まだまだ、情勢はわからない。
同じ時期に行われた、カリフォルニア州の選挙区再編に関する住民投票(プロポジション50)も、賛成多数で可決されたが、カリフォルニアは完全なブルーステート。今年6月に行われたテキサス州の選挙区割りを変更(ゲリマンダー)に対して、イーブンになったとしか言えない。
それにしても、トランプは自分の地元であるNYの人々をここまで貧しくして恥ずかしくないのだろうか?トランプには、NYに対する愛情がないのではなかろうか。
この続きは12月5日(金)に掲載します。
本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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