ゾーラン・マムダニ氏(34)がNY市長になったことで、トランプ大統領(79)が苦境にたったという報道が多い。また、移民でムスリムだという点も大きくクローズアップされている。
しかし、そんなことより重要なのが、じつは彼が富裕家庭出身のエリートであること。そして、公約通り、NYの貧困を救うことができるのかということだ。
昨日に続いて後編を配信します。

■マムダニは移民といってもエリート家庭出身
反トランプで、移民で、モスリムで、民主党急進左派で、民主社会主義者というゾーラン・マムダニを、アメリカ社会の異分子と見る向きがある。NY市長にふさわしくないというのだ。
しかし、私はそう思わない。
なぜなら、彼はアメリカ文化、アメリカ社会の中で育ったエリートだからだ。ウガンダ生まれといっても、インド系であり、モスリムといってもイスラム原理主義のかけらも持っていない。
なにしろ、父親は、ハーバード出身のコロンビア大学の教授であり、母親もまたハーバード出身で受賞歴のある著名な映画監督。裕福な家庭で育ち、NYのそういう家庭の子供なら、当然歩むエリートコースを歩んでいる。
ただ、大人になって、彼は社会の矛盾に目覚め、裕福である生活を拒絶するようになった。これは、人種、民族、移民に関係なく、知的で裕福な家庭で育った人間によくあるパターンである。
■アフリカ生まれで7歳のときに両親とNYに
以下、「NYタイムズ」「NYポスト」「フォーブス」などの記事を参照に、マムダニのキャリアを振り返ってみたい。
マムダニは1991年、ウガンダの首都カンパラで生まれた。父親は文化人類学者のマフムード・マムダニ、母親はは映画監督のミーラー・ナーイル。5才のときに、一家は南アフリカのケープタウンに引っ越し、そこで2年間を過ごしている。
母親ミーラー・ナーイルはインド系アメリカ人で、長編デビュー作『サラーム・ボンベイ!』はアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされている。2001年のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した『モンスーン・ウェディング』が代表作とされる著名な映画監督、アーティストだ。
マムダニがNYにやって来たのは、1998年、7歳のとき。父親のマフムードがコロンビア大学で教職に就くことになったため。以来、マムダニ一家は、大学が用意したアッパー・ウエストサイドの住宅で暮らし、父親の大学における報酬は、全米大学教授協会(AAUP)のデータから推察すると、年間20万〜30万ドル(約3100万〜約4600万円)という。
■名門校に通い、ボーディン・カレッジでBA
コロンビア大学教授の息子となれば、公立校などには通わせられない。ゾーラン・マムダニはアッパー・ウエストサイドにある名門プライベートスクール、バンク・ストリートに入った。
ニューヨークのプライベートスクールのエレメンタリー(小学校)の年間学費は、平均で5万5000〜6万5000ドル(約850万円〜1000万円、ドル円155円で換算)。バンク・ストリートは6万6000ドルである。
その後、マムダニは、公立の名門マグネット・スクールのブロンクス科学高等学校(ブロンクス・ハイスクール・オブ・サイエンス)に進み、勉学はもちろんのこと、音楽、クリケット、サッカーに勤しんだ。
高校を卒業すると、メイン州のリベラルアーツ・カレッジ、ボーディン・カレッジに進んだ。
ボーディン・カレッジは、メイン州にある3校ある名門リベラルアーツ・カレッジの1つ。ちなみに、私の娘は、3校の1つ、ベイツ・カレッジを卒業している。ボーディンの年間学費は6万7000ドル(約1040万円)。詩人のロングフェローや小説家のホーソーンなどを輩出し、近年ではネットフリックスの共同創業者リード・ヘイスティングスなどが卒業している。
ボーディンで、マムダニは、校内新聞のレギュラー・コントリビューター(寄稿者)となり、政治活動に目覚めていった。
なぜ、彼がアイビーに行かず、ボーディンのようなリベラルアーツ・カレッジに行ったのかはわからない。おそらく、映画監督の母親の影響だったと思われる。ボーディンでのメジャーはアフリカ研究でBAを取得したが、大学院には行かなかった。
■2018年に市民権を得て2020年に州議会議員に当選
2014年、ボーディン卒業後、マムダニは母の映画撮影現場で働くかたわら、なんと、「ヤング・カルダモン」や「ミスター・カルダモン」という名前でラッパーとして活動し始めた。
彼は家を出て、家賃制限アパートに住み、 その後いくつかの政治キャンペーンや地域組織活動の仕事に関わりながら、政治家を目指すようになった。2017年、彼はDSA(Democratic Socialists of America:アメリカ民主社会主義会)のメンバーとなり、政治キャンペーンのマネージャーとして活動した
2018年にアメリカ市民権を取得。2020年に州議会議員選挙に立候補すると、5期連続で当選していた現職を破って初当選を果たした。その後、2022年と2024年に再選を果たし、今年の6月、民主党の候補を決める予備選挙で、アンドリュー・クオモ前NY州知事を破って民主党の正式な候補になった。
■家賃制限アパートに住み移動はほとんど地下鉄
NY州の州議会議員になったマムダニの収入は、州議会議員の年俸14万2000ドル(約2200万円)を得て、大幅に増えた。しかし、彼は、エリート社会、セレブ社交界の仲間入りをしなかった。
クイーンズのギリシア人街アストリア地区にある月額2250ドル(約34万円)の家賃制限アパートに住み続けた。車を持たず、移動はほとんど地下鉄という生活。
今回、NY市長になったので、年俸は26万ドル(約4000万円)に上がり、アッパーイーストサイドにある公邸のグレイシー・マンションに住むことができる。はたして、どうするのか?
なお、彼は2024年に、ラマ・ドゥワジと結婚した。ラマ・ドゥワジは、「ニューヨーカー」や「ワシントンポスト」などで活躍するイラストレーター兼アニメーター。1997年、テキサス生まれのシリア系アメリカ人で、マムダニと結婚したことで、なんと28歳の若さでNY市のファーストレディになることになった。
■富裕層の子息が親に頼らず自分の好きな道を行く
知的で裕福な家庭に育ち、そしてエリートとして歩んできたにもかかわらず、彼はこれまで上流社会、エリート社会の輪には入らなかった。そういうコミュニティとは一線を画してきた。
前記したが、じつはそういう若者たちは、意外と多いのだ。とくに、アメリカのような自由社会では、エリートはエリートらしくなく、リッチはリッチらしくないことが多い。
富裕層の子息が、親に頼らず、貧しくとも自分の好きな道を行く。そういう若者が、アメリカ中、いや世界中から集まって来るのがNYだというのが、私の認識だ。
私がNYに初めて行ったのは28歳のとき、1980年12月。ジョン・レノンが射殺された直後だった。着くとすぐにダコタハウスを見に行くと、玄関前は花束で埋まっていた。その後、1980年代、1990年代を通じて、私は何度もNYに行った。
この続きは12月9日(火)に掲載します。
本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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