国際的に高く評価される先駆的な映画・ドキュメンタリーの監督、ニューヨーク市長ゾーハン・マムダニの母親
1987年、ナーイルは初の長編劇映画『サラーム・ボンベイ!Salaam Bombay!』を制作。より多くの観客に作品を届けたいと考え、特にインドで上映するためにはフィクション映画の方が幅広い観客層に届くと認識した。リサーチのため、1987年夏、ナーイルとハーバード大学時代の同級生で協働者のスーニー・タラポレヴァラは、ボンベイ(ムンバイ)のごみ集積場を拠点にしていた少年たちと3か月間のワークショップを行った。実際の場所で撮影し、日常生活の環境の中でアマチュア俳優たちと関わった。ナーイルが監督、ミッチ・エプスタインが共同プロデューサー兼プロダクション・デザイナー、タラポレヴァラが脚本を担当した。スタッフの多くが国際的背景を持っていたことも特筆される。インドおよびBBCを含む海外の制作会社が出資した同作は、第81回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞(インド映画として史上2本目のアカデミー賞ノミネート作品)、ゴールデングローブ賞、カンヌ映画祭のカメラ・ドール(インド映画初)、そして観客賞(Prix du Public)を受賞した。

(Photo:Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/File:Mississippi_masala.jpg)
『サラーム・ボンベイ!』は大ヒットし、製作費45万ドルに対して興行収入は740万ドルを記録した。ナーイルはその収益からストリートチルドレンのための非営利団体「サラーム・バーラク・トラスト」を設立した。子どもたちの出演料は段階的に支払われ、ナーイルによれば、主演子役の多くは映画公開後に貧困から抜け出し、教育を受ける機会を得たという。彼女の母が財団を運営し、同団体はストリートチルドレンに教育の機会を提供する組織へと発展している。
1988年、ナーイルはロサンゼルス映画批評家協会の功労賞にあたるニュー・ジェネレーション賞を受賞した。翌89年には、ニューヨークを拠点とする製作会社ミラバイ・フィルムズ(Mirabai Films)を設立。ミラバイは「知識の海」を意味し、16世紀のヒンドゥー教の王女であり、著名な詩人かつクリシュナ神への篤い信仰者であったミーラーバーイーに由来する。以降、ナーイル作品の制作クレジットはミラバイ・フィルムズである。
91年の『ミシシッピー・マサラMississippi Masala』は、ウガンダから追放されアメリカ南部に定住したインド系アジア人家族の娘と、地元のアフリカ系アメリカ人男性との異人種間恋愛を描いている。南アジア系の人々は200年以上世界各地へ移住し、多くがディアスポラ(離散)コミュニティを形成してきた。セス(英国系インド人の名優ロシャン・セスが演じる)とその家族は、72年、ウガンダの独裁者イディ・アミンが「アフリカは黒人アフリカ人のものだ」と宣言し、90日以内の国外退去を命じたことにより、カンパラの自宅を追われる。
本作では、セスと妻、娘ミーナがミシシッピ州グリーンウッドに定住する。彼らの親族はホテル・チェーンを経営しており、一家もそのホテルに住んでいる。デメトリアス(後に大スターとなる前のデンゼル・ワシントンが演じる)は自営業のカーペット清掃業者で、そのホテル・チェーンは彼の顧客の一つである。ミーナは彼と恋に落ちる。セスはカンパラで没収された自宅の返還に執着し、アメリカでの生活を受け入れられずにいる。興味深いのは、ナーイルがミーナの母親を自立した酒屋の経営者として描いていることである。デメトリアスは祖父の誕生日バーベキューにミーナを招き、彼女は彼の家族に紹介される。コミュニティ間の無知や誤解は、「インディアン」という言葉によってネイティブ・アメリカンとアジア系インド人が混同される場面などに巧みに表現されている。出身を尋ねられたミーナが「インド」と答えると、ある家族はそれをインディアナ州と勘違いする。別の者は彼女をメキシコ人に見えると言う。さらに後に白人男性二人と対峙した際、彼らはミーナに「インディアン居留地へ帰れ」と言い放つ。アジア系インド人は新参者でありながら、長く暮らしてきたアフリカ系アメリカ人よりも社会的に高い位置に置かれているという現実も描かれる。両家が二人の恋人をどう見るかという点では、肌の色による差別(カラーリズム)も要素として浮かび上がる。同じ人種同士が結束すべきか否かという問題も提示される。セスはついにカンパラで裁判の日を迎えるが、帰郷後、変わり果てた故郷を目の当たりにし、「本当の故郷」がどこなのかを悟ることになる。
文/中里 スミ(なかざと・すみ)
アクセサリー・アーティスト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴38年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。
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