
イラスト Jay
“Yesterday is history, Tomorrow is a mystery, Today is a gift,
That’s why it’s called the present”
「手術を待つ時間」というのはぼくにとってある意味、気は張り詰めていても不思議と満たされた時間であったということは、大人になってからほとんど接点のなかった母の大事な手術に付き添うことができ、多少なりとも力になれたと感じたからかもしれない。
術後すぐにGICUと書いてある明るい部屋に案内されると、心電計の発するパルス音が目の前に横たわる患者の鼓動を静かに刻んでいた。ぼくはベッドに近づき穏やかな顔をして眠っている母をのぞき込み、
「成功だってよ」
と声をかけた。
「あれま! 綺麗になってる」
数日後退院した母は家のキッチンを見て驚いたようだった。掃除のついでに使いやすいようレイアウトを少し変えたのだ。ちょっとした気分転換。
「退院できたことだし、美容院でも行ってきたら」
「そう、気になってたんだよ」
「どうせなら短くしちゃえば」
「やだよ、やったことないから」
自慢だった黒髪を短くするなどこれまでの人生で考えたこともないのだろう。ともあれ翌日、美容院へ連れて行った。そして切り終わった母を見るやびっくりした。
「あれ!?」
なかなか新しいことに挑戦しない人なので、少し切り揃えるくらいだろうと思っていたら、さっぱり短くなっていた。
「どう?」
お世辞ではなく随分と若々しく見える。
「いいよ、似合ってる」
「そうかねぇ」
まんざらでもなさそうだ。ほんとスッキリして、ふわふわした感じで、ん? そう言えば何かに似ているような。なんだろう? ふわんとして、あーあれだ。
「なんかコアラみたい」
思わず口にすると、
「そう、可愛くていいじゃない」
意外と気に入ったようだった。
「じゃあコアラちゃんって呼んであげるよ」
そう言って、ふたりして笑った。でも笑ってはいたけど、母の姿を見つめながら不孝者の息子は心の中で深く悔いていた。いつのまにか小さくなって、動くのもゆっくりになって、自慢だった黒髪もいつしかグレーになってしまった母になぜもっと早くからと…過ぎ去りし日を振り返る。しかし、過去をいくら後悔しても戻ることなどできるはずもない。そしてこれから先だって、いつ何が起こるか誰にも分からない。だから大切なのは今。
“That’s why it’s called the present”
生きているこの瞬間こそかけがえのない贈り物。だとしたら、たいして取り柄もないぼくが母にしてあげられること。う〜ん、それって、やっぱり…
「ねえコアラちゃん、今日は何が食べたい?」
おわり

Jay
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理シェフなどの経験を活かし「食と健康の未来」を追求しながら「食と文化のつながり」を探求する。2018年にニューヨークから日本へ拠点を移す。
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