
目玉が飛び出るほどのアメリカの物価にはずいぶん慣れました。コストコが100ドルショップになっても、レストランで100ドルを超えても、「こんなものかも」と受け入れられるようになりました。それなのに、送料や袋代、駐車代となると、急に数ドルが惜しくなります。大きな金額には寛大なのに、小さな金額にはやたらと厳しい。今回は、アメリカ生活で私の「ちぐはぐな金銭感覚」が表れる場面を集めてみました。

1. デリバリー代が惜しくて自らピックアップ
料理には100〜200ドル払えても、デリバリーアプリの画面に「デリバリー代」「サービス料」などが次々と加算されると、急にもったいなく感じます。チップを払うのは当然としても、それとは別にいくつもの手数料が重なり、注文を確定するころには合計金額が思った以上に膨らんでいることも。
「取りに行けば、少なくともデリバリー代は浮く」と車を出しますが、往復のガソリン代と時間を考えれば、本当に得だったのかは微妙です。それでもピックアップを終えると、なぜか節約した気分になります。なお、自分の時給については、計算しないことにしています。
2. 100ドル買っても袋代の1ドルは惜しい
プラスチック製レジ袋を禁止する州も多く、スーパーマーケットで袋が有料なのも珍しくありません。数十セントから1ドルほどとはいえ、レジで袋を買うのはなぜか惜しい。
エコバッグを車に忘れた日は、「これくらいなら持てる」と、牛乳、パン、果物を両腕いっぱいに抱えて広い駐車場を歩きます。何度も荷物を抱え直しながら、ようやく車に到着。私の計算では、これで「無駄遣いはしなかった」ことになります。
3. 安いガソリンを求めて、車でコストコへ
わが家からコストコまでは少し距離があります。それでもガソリンが安いので、給油のためにわざわざ車を走らせます。
ようやく到着しても、コストコのガソリンスタンドには列ができていることが珍しくありません。価格表示を見ると、「ここまで来てよかった」と満足します。往復に使ったガソリンと待ち時間は、あえて計算に入れません。節約できた金額はわずかでも、達成感だけは満タンです。
4. 送料無料のためなら、出費は惜しまない
アメリカの通販サイトでよく見る「あと15ドルで送料無料」の表示。必要なものはすでにカートに入っているのに、10ドルほどの送料を払うのはどうしても悔しい。
送料は払った瞬間に消えますが、商品なら手元に残る。そんな理屈で、特に必要でもなかった商品を追加します。結局、予定より多くお金を使ったのに、「送料無料になった!」と気分だけは完全に勝者。無料を手に入れるためなら、お金は惜しみません。
5. 駐車代を惜しんで、サイドミラーを失う
ほんの少し止めるだけなのに、有料駐車場に入れるのはもったいない。そう思って、近くの路上に車を止めたことがあります。
用事を済ませて戻ると、あるはずのサイドミラーがありません。壊されたのではなく、きれいに取り外され、丸ごと持っていかれていました。数ドルの駐車代を節約した結果、修理代は数百ドル。「ちょっとだけだから」が、わが家史上最も高い駐車料金になりました。

考えてみれば、私たちが惜しんでいるのは、金額そのものではないのかもしれません。商品には100ドル払えても、「手数料」「送料」「袋代」「駐車代」と名前が変わった途端、急に財布のひもが固くなるのです。
合理的とはいえないこの金銭感覚、どうやら簡単には直りそうにありません。
今日のひと言
「得した!」と喜べるなら、それもひとつの得
節約したのはお金ではなく、「ちょっと賢く立ち回れた」という小さな達成感だったのかもしれません。
















