百年都市ニューヨーク 第5回 創業1916年 ネイサンズ (中)

 ポーランド移民のネイサン・ハンドワーカーが1916年に起こしたホットドッグ専門店は、1本5セントの庶民的価格が受けて大当たりした。20年にマンハッタン区とブルックリン区コニーアイランド間の地下鉄が全線開通すると、このエリアは米国最大の海水浴場に発展する。最新流行の電気仕掛けライドが猛スピードで唸りを上げる傍でネイサンズは、ガーリックの効いたビーフソーセージのホットドッグを目にも留まらぬ速さで売りさばいた。
 グリル担当の職人の中には1分間で40本も焼き上げる達人がいて、店の名物となった。気性が荒い職人たちは、過剰労働に根を上げてしばしばごねることもあったが、ネイサンは持ち前の親方気質で自ら現場を仕切り、強者たちを束ねていた。おかげでビジネスは順調に成長した。

ハリウッドスターや政治家に愛される

 米国で生まれた2人の息子、マレイとソルも厨房を子ども部屋がわりに大きくなった。「身を粉にして働け。最大のお客様は庶民。1セントでも安く。だが決して味に妥協はするな」といった家訓は、ソーセージの焼き方と共に子どもたちの骨の髄まで染み込んでいたはずだ。彼らが成人するころ、第二次世界大戦が始まった。2人ともヨーロッパ戦線に従軍したが、幸運にも無傷で終戦を迎え、コニーアイランドに元気に帰ってきた。
 54年にネイサンの古巣でありライバル店だったフェルトマンズが廃業。以降、コニーアイランドのホットドッグはネイサンズの一人勝ちとなる。40年変わらぬ懐かしの味を求めて全米から観光客がやって来た。ケーリー・グラント、ハリー・ベラフォンテ、マリリン・モンロー、ジェリー・ルイスらハリウッド俳優たちも大勢来た。中でも、ニューヨーク州のネルソン・ロックフェラー知事(当時)のこんな一言が抜群の効を奏した。
 「ニューヨークでは、コニーアイランドのホットドッグを頬張る姿を写真に撮られない政治家は、絶対に当選しないよ」

ビーフ100%、ガーリックが効いたパンチのある味とパチンと弾ける歯ごたえは100年経っても変わらない

ビーフ100%、ガーリックが効いたパンチのある味とパチンと弾ける歯ごたえは100年経っても変わらない

長男はチェーン化、次男は競合店を開業

 商売好調のまっただ中で父ネイサンは、いよいよ息子たちに家業を受け渡し、悠々引退…と思いきや、次男のソルは、機械工場に就職し労働運動に傾倒。説得されて渋々店に戻って来た。かたや、長男のマレイは、順当に若社長の座に就いたもののヨーロッパ駐留中にフランス文化にすっかり感化され、ホットドッグ屋のグルメ化と近代化を図る。今までドッグ1本で勝負してきた父の猛反対を押し切ってカキフライなどシーフードメニューを強引に導入したのは、マレイのアイデアだ。開店以来一度も改装していなかったおんぼろキッチンもステンレス張りになった。幸い客足は伸びたので、ネイサンは文句のつけようがなかった。
 そうこうするうちに性格の違う兄弟の反目が深まり、2号店の店長で長年、辛酸を舐めてきたソルは1963年、ネイサンズそっくりのホットドッグ店「スナックタイム」を、マンハッタンに開ける。初年度は100万ドルの利益を上げて大成功したソルは、これを機にネイサンズ本家と袂を分かつ。一方のマレイは、65年にかねてからの夢だったチェーン展開を開始する。68年には株式を店頭公開。公開時1株14ドルの株価はあっという間に42ドルまで跳ね上がり、資産を大きく増やしたマレイは会長に。創業者ネイサンは、息子たちの合理主義に納得がいかないまま、フロリダに引退する。

最も忙しいこの時期は1分間に100〜150本販売。これを4人のグリル担当でこなす

最も忙しいこの時期は1分間に100〜150本販売。これを4人のグリル担当でこなす

コニーアイランド衰退と共に窮地に

 ところが70年代に入ると、マクドナルドやウェンディーズなど全米級のファストフードチェーンが台頭。ネイサンズの店舗数は、74年=18店舗から75年=53店舗、82年=23店舗と低空で乱高下を続ける。81年には、160万ドルの損失を計上。株価は1株1ドルにまで落ち込んだ。時あたかも遊園地の不人気と都市開発の失敗からコニーアイランドが急速に衰退したため、ネイサンズは、最悪の窮地に追い込まれる。
 84年には、マレイ会長の苦肉の策で、ブランドを大手食品会社に売却。自慢の「ネイサンズ」ソーセージを全米のスーパーマーケットで売り出した。これが奏功して一時復調。そのタイミングで87年には会社ごと2200万ドルで投資家グループに売却。創業者ハンドルワーカー家は、会社設立71年目にして完全に経営から手を引いた。(8月18日号に続く)

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Nathan’s Famous
正式社名はNathan’s Famous。1916年ニューヨーク市ブルックリン区コニーアイランドで創業。100年間、同じ味、同じ名前で人気を誇り、全米50州と海外10カ国で5300店舗以上を展開する。通算販売本数は5億超。1987年、ニューヨーク証券取引所上場。米独立記念日(7月4日)に開催される「ホットドッグ早食いコンテスト」は今年で101回を迎えた。
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取材・文/中村英雄 映像ディレクター。ニューヨーク在住26年。人物、歴史、科学、スポーツ、音楽、医療など多彩な分野のドキュメンタリー番組を手掛ける。主な制作番組に「すばらしい世界旅行」(NTV)、「住めば地球」(朝日放送)、「ニューヨーカーズ」(NHK)、「報道ステーション」(テレビ朝日)、「プラス10」(BSジャパン)などがある。