連載1028 食料危機は本当なのか? 食料自給率38%を煽る日本政府の欺瞞 (中3)

連載1028 食料危機は本当なのか? 食料自給率38%を煽る日本政府の欺瞞 (中3)

(この記事の初出は2023年5月30日)

 

やがて落ち着くという「過去の教訓」

 とはいえ、楽観論もある。
 それは、過去の教訓から、食料危機が叫ばれてもやがて落ち着く。食料品の価格は、上昇・下落を繰り返すので、いずれ危機は去るという経験則があるからのだ。長い目で見えれば、豊作と凶作は繰り返されてきた。それが人類が農耕生活を始めたときからの歴史だ。
 たしかに、この半世紀を振り返ってみれば、農産物の価格は一貫して下落してきた。この半世紀で世界人口は約2.5倍になったが、小麦やコメの生産量はそれを上回る3.5倍に増えたためだ。小麦の実質価格(物価変動を除いた価格)は、インフレやウクライナ戦争で高騰したと言われているが、じつは1970年代よりも低い水準になっている。
 たとえば、リーマンショクに襲われた2008年にも、世界的な食料危機が叫ばれた。当時「BRICs」と呼ばれた新興国ブラジル、ロシア、インド、中国が経済成長し、人口増加も加わって食料需要が増加して穀物価格が高騰したからだ。あのときは、前年の欧州の天候不順、オーストラリアの干ばつなども影響した。さらに、トウモロコシを燃料にするバイオエタノールの需要が高まったため、アメリカの穀物生産がトウモロコシに偏り、大豆の価格までが高騰した。
 また、あのときは、原油価格も上昇し、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエイト)は、2008年年7月に最高値を記録し、それに伴い小麦価格も最高値を記録したのだった。石油は、トラクターを動かすなど現代農業には欠かせないうえ、生産物の搬送コストを左右するからだ。
 ただし、経済は需要と供給で成り立っているので、すぐにバランスが取られる。原油の生産量が増え、小麦の作付面積が増えるなどして、2008年の暮れには原油価格も農産物の価格も下落した。
 しかし、今後もまたこのようになるとは言えない。地球温暖化の未来は、過去とは違うものになるはずだからだ。気温上昇のスピードは過去のどんなときとも違っている。それが、気候変動をさらに激しくさせれば、需要に供給(生産)が追いつかず、在庫が底を突く日がやって来る。

農産物の輸入額がGDPに占める割合が1割

 ここで、食料危機を考えるにあたって、大きく分けて二つの側面があることを認識する必要がある。一つは、農産物などの食料の価格高騰により、十分な食料が買えないことで起こる危機。もう一つは、食料そのものが不足して起こる危機である。
 つまり、前者では食料は足りている場合がある。ただ、価格が高くて買えないだけである。しかし、後者では食料そのものがない。つまり、後者のほうが本当の危機だ。
 いまの食料危機は、前者から始まり後者に移っているのは間違いない。食料が足りなくなってきたうえ、価格も高騰しているからだ。したがって、自給自足ができない多くの途上国では、危機はさらに深刻化する。
 では、日本の場合はどうだろうか?
 日本には、豊富な外貨準備と対外債権がある。それを考えれば、食料を買い負けることはないだろう。世界で農産物、水産物が足りていれば、日本はそれを買えばいいだけだ。
 農林水産省によると、わが国は世界第1位の農産物の輸入国で、小麦やとうもろこし、大豆などは、ほとんどをアメリカから輸入している。農産物の輸入額は年間約5兆円で、それがGDPに占める割合は約1割である。しかし、これが途上国となると、農産物の輸入額がGDPに占める割合は3、4割にも達する。
 つまり、世界の食料生産が安定していれば、日本では食料危機は起こらないと見ていい。ちなみに、日本の消費者が輸入の農水産物に支払う金額は、全飲食料品支出額の2%にすぎない。小麦にかぎって言えば、0.2%。食料品支出の大半は、加工・流通・外食が占めている。
(つづく)

この続きは6月26日(月)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。 

※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 

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