福岡の芸人がニューヨークに来た。彼はどこの事務所に入ってると言うわけでもなく、週に一度仲間の芸人とファンの人たちに向けて福岡でライブをしていた。年齢は33歳。一度も福岡から出ずに、ずっと芸人をしている。

芸人というのは自分が名乗れば芸人で、バイトである程度食えれば、独身なら、そんな危機感も感じず趣味のようにお笑いをやっていける。そして30歳過ぎるとそれが当たり前の習慣になり、なんら自分の環境を疑うこともなく、腰は重くなり、まあ同じような明日を過ごす。
彼は日本のお笑いはそこまで詳しくなく、子どもの頃に見たアメリカの「フレンズ」などのドラマでアメリカの笑いにハマり、そこからレンタルビデオ屋などでアメリカの日本語吹き替えのコメディを漁っては、それを見ていた。もちろん日本のお笑いを見ている同級生たちとは話も合わず、まあアメリカのコメディのオタクだ。
そんな彼が腰を上げてアメリカでお笑いをやらないこと自体が僕は信じられなかった。だから彼をニューヨークに誘った。僕はニューヨークに友達を作り、その友達に彼のために部屋をタダ同然で借りられるようにお願いした。僕のやりたいことは、福岡の街に引きこもってる彼をニューヨークに連れ出し、たくさん転ばせて怪我をさせて感動をさせて、強くすること。多分、彼は怪我をすることを恐れて、こたつの中から出れなくなってる。
彼は半年間お金を貯め、ニューヨークに来た。ニューヨークに到着した日、週に一度やってるニューヨークの素人たちが出るコメディの大会にエントリーした。ニューヨークに到着した初日が大会だったので、彼は行きの飛行機の中で丸暗記したネタを震えながらやっていた。たどたどしい喋り方とアジア人独特の幼い顔で客席の女性たちから「可愛い」が連発され、そのキャラがお客さんにめちゃくちゃハマってまさかの爆笑を取り、優勝。そして俺が負けた。「怪我を恐れるな」と言って、連れてきた俺が負けて大怪我をして彼は勝った。しかしそれでいい、これが感動。そして次の週、同じ大会に出たが彼は予選で負けた。それも感動。
不思議なもので、ニューヨークの街は同じ景色でも全く違うものに見える。笑いをとった夜、取れなかった夜、全く違う。俺がこの話の中で言いたいことは、要は同じ場所に長くいるとその環境になれ、腰が重くなり、いつの間にか立ち上がらなくなってるってこと。それがニューヨークでなくてもいい。いくつになっても、コケるということが大事。コケるということは、起き上がって前に向かって歩いてるということ。芸人でもなんでもたくさん失敗するべきだ。足に傷のないスケボーのプロはいないと思う。怪我した分だけ上手くなる。怪我のないところで座っていても1ミリも感動しない。
Profile:村本大輔
「アメリカでスタンダップコメディーがしたい」と2024年2月に、単身でニューヨークに来たウーマンラッシュアワー・村本大輔(43)。日本のテレビ界を抜け、アメリカのコメディーシーンに魅力を感じ自分を試すため、毎晩コメディークラブに飛び込みオープンマイクを握る。この連載では、そんな彼がニューヨークという劇場を舞台に繰り広げる、一筋縄ではいかずともどこか愛おしいニューライフをつづります。
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ドキュメンタリー映画「アイアム・ア・コメディアン」
https://iamacomedian.jp/
過去のエピソード
第1回 「パクチーが、言えない」
第2回 「This is America!」
第3回 「あの日々は夢だった? 竜宮城(日本)より」
第4回 「にぎやかな街と、僕」
第5回「保険に入っていなくて、病院にかかった」
第6回 「言葉を絵の具のように」
第7回「マイノリティーを責めてはいけない」
第8回「日本の温泉街で働く75歳のおばあちゃん」
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