2025年11月26日 COLUMN 山田順の「週刊 未来地図」

山田順の「週刊:未来地図」 国民を貧困化させる「高市円安」はどこまで進む?ドル円200円超えまで行くのか?(下)

■「日米合意」5500億ドルも大きな円安要因

 この先、円安が進む大きな要因がもう一つある。それは、トランプ関税による「日米合意」が、これから逐次実行に移されていくことだ。
 トランプ来日による日米会談は大成功とメディアは報道し、高市首相の好感度、支持率は一気に上がった。そのため、この先、高市政権によって、彼女の言葉通りに「日本は強くなる」と思っている向きが多いようだが、5500億ドル(ドル円155円なら約85兆円)というのは、ものすごい額である。

 もしこれだけの円が一気に「ドル転」されれば、円安は途方もなく進む。この日米合意がいかに不平等で、国益を大きく損なっているかは、ここではもう書かない。ただ、訪日後に訪韓したトランプと韓国政府の合意に比べても、いかに法外で理不尽ななものかは書き留めておきたい。
 
 韓国は日本より安い3500億ドルであるが、そのうちの2000億ドルは10年間の分割払いである。ところが日本は、5500億ドルの全額を、トランプの大統領任期終了までに払い込むことになっている。しかも、投資先はトランプが決める。
 はたして、日本が持っている外貨準備がいくら失われるか、考えただけでも途方に暮れる。

■トランプの横暴になにも言わずに従うのか?

 高市首相は11月1日、日米合意をめぐり、首相が代わっても「政府間の約束は変えるべきではない」との考えを示した。つまり、自民党総裁選中に示唆していた再交渉の可能性を否定したのである。
 そして、今回の合意について大事なことは「日米相互の利益の促進、経済安全保障の確保に向けた協力の拡大、日本の経済成長の促進に繋げていくことだと思っている」と述べた。
 
 しかし、どこからどう見ても、合意は日米相互の利益の促進にならず、一方的にアメリカが得をする仕組みになっている。融資だろうと、投資だろうと、日本のカネでアメリカのインフラ、工場などがつくられることに変わりはないからだ。
 
 高市首相が、保守政治家らしく日本国民のことを思うなら、言うべきことは「首相が代わっても変えるべきではない」ではない。それは一般論にすぎない。「あらゆる機会を通じて、再交渉の余地を求めていきたい」と言うべきだろう。
 トランプは「コロニアルマスター」(宗主国王)ではない、「“暴君”大統領」であり、「TACO」である。

■貿易収支もデジタル収支も赤字という現実

 いまさら書くのも虚しいが、円安は、日本国民の暮らしをますます貧しくさせる。一部の輸入品の物価が上がるだけではない。あらゆる物価が上がるからだ。
 
 日本の食料自給率はカロリーベースで約38%。エネルギー自給率は約12%。この生活の根幹に関わる2つを、ほぼ全面的に輸入に頼っているのだから、どんなものでも上がる。
 コメの値段の高止まりが続いているが、100%自給できるといっても、肥料から農業機械を動かすガソリンや電力など、すべて輸入頼りである。
 
 さらに、現代のIT生活に欠かせないアマゾン、グーグル、インスタなどのデジタルサービスは、ほぼすべて海外のもの。そのサービスへの支払いは、円が外貨に転換されるので、円安を加速させる。日本はデジタル後進国のため、巨額のデジタル赤字を出していて、貿易収支自体も、ここ4年間は赤字続きである。

■いまや円は「途上国通貨」になりつつある

 すでに日本は「途上国」と言われ出している。
  2025年の名目GDPランキングでは、日本はインドに抜かれて世界5位まで落ちた。そして、1人当たりの名目GDPでは38位、OECD加盟国中では22位、G7内では最下位となっている。
 
 途上国の通貨は、一般的に、アメリカなどの先進国が利上げを行うと安くなる。また、為替の変動幅が大きくなる。その意味で、円は途上国の通貨になりつつある。もし本当にそうなったら、日本人が持っている円建ての資産は大きく毀損され、バーゲンセール状態になる。すでに、東京や大阪の不動産でこれが起こっている。
 
 高市政権は、外国人による「不動産取得」の規制強化や「経営・管理ビザ」の厳格化を測っているが、円安が進めば、これらも意味をなさなくなる。

■160円超えでドル売り円買い介入はあるのか?

 では円安は、いくらまで進むのか?
 現在の高市政権の姿勢を見ていると、ドル円=200円もあながちないとは言えない。2022年後半以降からの円安局面で、政府・財務省は3つの局面で、合計24.5兆円規模の介入を行った。
 
 それを振り返ると、さすがに160円を超えたら介入があると考えるのが自然だ。昨年の場合、各介入の後にはすべてのケースで円高に反転したが、その後また円安に戻った。
 
 ただし、ドル売り円買い介入は、アメリカの財務省の承認がないとできない。トランプは、ドル安論者で「TACO」だから、そういう局面が来たとき、どう言って来るかは予測不可能だ。

■日本企業が健在なら200円突破はない

 一部に根強い「ドル円=200円」説がある。そうなってもおかしくはないが、そのときは、有力日本企業の業績が悪化し、何社かが倒産しているだろう。変動相場制において、貨幣の価値はその国の国力で決まる。国力というのは、結局は、その国の企業の総合力である。
 
 いくら経済が低迷していても、まだ日本には世界をリードしている技術力のある企業がいくつもある。
 半導体イメージセンサーで世界シェアの半分を持つソニー。フォトレジストで世界トップシェア23%を持つ東京応化工業。このフォトレジストは、日本企業が世界市場約8割を占めている。世界一の品質を起こる工業用ナットをつくるハードロック工業。ロボットとロボマシンで世界トップの技術を持つファナックなどが、すぐに思い浮かぶ。
 
 もちろんトヨタ、ホンダ、ユニクロ、ソフトバンクなどのトップ企業もある。また、漫画、アニメなどのコンテンツ産業も世界に通用して売上を上げている。
 
 これらの企業が健在なら、円安が200円を突破することは、いまのところありえないだろう。ともかく、売るものがある限り、通貨は紙くずにはならない。

■補正予算と次の日銀会合で決まる円安の行方

 最後に述べておきたいのは、次の日銀会合で、金利引き上げがあるかどうかだ。次の会合は、12月18、19日だが、ここまでには高市政権の政策ははっきりしているだろう。
 
 11月になったので、国会が始まり、与野党の論戦がスタートした。論戦の主題は、もちろん、物価高対策。ここで野党は、減税だの補助金だのによる国民支援策を求め、積極財政を唱える高市首相がどこまでそれに乗るかが焦点になる。
 そのなかで決まるのが、年内に成立させるという2025年度補正予算。昨年は13兆9000億円だったが、今年はそれを上回る大規模なものになると言われている。
 
 この大規模化が、これまでの自民政権同様のバラマキとしたら、円安はさらに進む。そして年末に、国民は物価高によって窮地に立たされる。
 その状況を見て、はたして日銀はどうするのか? 住宅ローン破綻や中小企業倒産がいくら出ようと構わないと、金利引き上げに踏み切るだろうか?(了)

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山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

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