『レンタル・ファミリー』の監督であるHIKARI(本名:宮崎光代)は大阪生まれ。父親はトヨタやホンダの自動車部品のプレス工場で働いていたが、彼女が生後18か月のときに失踪した。母親は喫茶店、傘の修理、保険外交など様々な仕事をして生計を立てた。HIKARIは17歳で交換留学生として渡米したが、行き先は望んでいた都会ではなく、ユタ州の田舎町だった。サザン・ユタ大学に進学し、1999年に演劇、ダンス、映画芸術の理学士号を取得。その後短期間日本に戻ったのち、LAへ移住する。サンセットストリップのハウス・オブ・ブルースでウェイトレス、コークゼロのCMでダンサー、ヒップホップアーティストの撮影、ツアーガイドをするなどして生計を立てた。30歳のとき名門USC映画学部に合格し、2011年に映画・テレビ制作の修士号MFAを取得して卒業した。

彼女の短編映画2本は、2013年のカンヌ国際映画祭と2015年のトライベッカ映画祭で上映された。脳性まひを持ちながら漫画家を夢見る女性を描いた『37セカンズ』は、2019年のベルリン国際映画祭で高い評価を得て、ドイツ・イタリア・日本の映画祭で受賞した。2022年に『Tokyo Vice』のエピソード2話を監督し、2023年には韓国系アメリカ人を描いたドラマ『Beef』のエピソード3話で監督・エグゼクティブプロデューサーを務め、同作品はエミー賞を8部門受賞した。『レンタル・ファミリー』ではクリティクス・チョイス・アワードの監督賞を受賞している。
HIKARIは共同脚本家のスティーブン・ブラハットと本作の脚本を書いた。ブラハットが最初に、日本の家族代行ビジネスについての記事を彼女に見せたのがきっかけだった。HIKARIは『ザ・ホエール』での演技を観て、フィリップ役はぜひブレンダン・フレイザーにと望んだ。本編では、物語の中心にコメディを置いている。フィリップは二人の依頼人に感情移入しすぎ、依頼内容以上のことをしてしまうことで、職業的な境界が曖昧になり、倫理的・道徳的な問題が表面化する。一人は、娘を青山学院に入学させたいと願うシングルマザーで、父親がいる方が娘のチャンスが高まると信じている。幼い頃に父親が失踪したHIKARI自身の経験が、ここにどこか反映されているようだ。もう一人は高齢の俳優で、娘は彼が忘れ去られて孤独に陥らないように雑誌インタビューを受けてほしいと願う。HIKARIとフレイザーそれぞれの人生経験が阿吽の呼吸の演出と演技となり、フィリップの魂に触れる瞬間が生まれている。フレイザーの内省的な表情は、フィリップに哀切で奥行きある人物像を与え、彼の誠実さとそこからにじみでる温かい真心が、作品に静かな感動をもたらす。
フィリップは異文化の中で孤独に生きる独身男性であり、それが彼の孤立感をいっそう深めている。だが依頼人の“家族”を演じるうちに、他者とのつながりを見つけ始め、自らも変わっていく。映画の最後に登場する満開の桜は、やや情緒過多ではあるが、フィリップが依頼人だけでなく、オフィスで働くスタッフにももたらした意味の深さを効果的に表している。ミア役のシャノン・ミハラ・ゴーマン(ハーフの少女)、長谷川菊雄役の柄本明、そして『SHŌGUN』で敵役・石堂一成を演じた平岳大(今回は会社の社長・シジ役)らキャスト陣が互いに力強く支え合い、作品に厚みを与えている。
個人的には、Netflixで観られる『37セカンズ』のほうがより独創的で、障害についての驚くような洞察に満ちていると思う。が、観終わってから、『レンタル・ファミリー』にある、“ひとの心が通う瞬間”は、HIKARIの人の心に触れる力から生まれているのだと気づかされた。
『レンタル・ファミリー』は日本で2026年2月に公開予定だ。台詞の大半が英語であるため、日本公開では吹き替えになるのか字幕になるのか、どのように処理されるのか興味深い。
『Tokyo Vice』と『レンタル・ファミリー』という作品の協働は、文化的・言語的流暢さの新たなレベルをエンターテインメントにもたらしている。東京に住むエーデルスタインとロサンゼルスに住むHIKARIの長年の洞察が、彼らの物語に真に微細な次元を付与している。彼らが描く世界は“翻訳で失われる”のではなく、文化的理解と、登場人物同士の自然な対話によって認識される。
参考文献(Rental Family):
Esquire, “Her Name is Hikari and This is Her Destiny” by Chris Nashaway, Sept. 26, ’25
Elle Japan, 「ブレンダン・フレイザーも射止めた日本人女性監督、HIKARIの“境界を越える視点”」シオリ・クラーク著, 2025年10月8日
文/中里 スミ(なかざと・すみ)
アクセサリー・アーティスト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴38年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。
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