連載761 日本のメディアは偽善者すぎる なぜイーロン・マスクは「長生き」に反対なのか? (中)
(この記事の初出は4月5日)
自分の主張を実践し6人の子供を持つ
イーロン・マスクは、コロナ禍が起こってから、出生率の低下問題を繰り返し警告するようになった。コロナ禍で、アメリカでは「ベビー・バスト」(baby bust)と呼ばれる急激な出生率の低下が起こったからだろう。
アメリカにおける2020年の出生数は360万5201人で、1979年以降もっとも少なく、出生率は1.64と過去最低を記録した。人口の維持に必要とされる出生率は2.1だが、アメリカではこの2.1を2007年以来、一貫して下回っている。
ちなみに、日本はもっと深刻で、2021年の出生数は約80万人。これはコロナ禍によって過去最少を記録した2020年に比べて約3万5000人(4.3%)も少なく、明治時代半ばの数字。出生率も年々減り続け、2020年の1.34からさらに低下する見込みになっている。
イーロン・マスクが「少子高齢化が人類社会の最大の問題」と言い続けるので、あるとき、テレビのインタビュアーから「出生率減少への懸念があるから、あなたは子沢山なのですか?」という質問が出た。
これに対して彼は、こう答えた。「自らいいお手本となるよう、自分の主張を実践しています」
イーロン・マスクには6人の子供がいる。
日本を例にとって高齢化の弊害を示す
イーロン・マスクは、けっして長生きを揶揄しているわけではない。ただ、高齢者が考え方を変えず、いつまでも生き続ければ、硬直化した社会になってしまうことを懸念している。人口の高齢化と少子化は、人類文明の進歩の妨げになるというのだ。
それで、インタビュアーに「少子高齢化による人口動態とイノベーションに相関関係はあるのか?」と突っ込まれると、こう答えている。
「では、日本に行きましょう。日本人はいまだにファックスが大好きで、電子署名の代わりにスタンプ(印鑑)を使っています。 彼らは現金を尊重し、それに加えて、電気自動車には抵抗しています。ただ、それは商業的な問題でしょうが—-」
こう言われると、日本人としても納得せざるをえない。
ただし、イーロン・マスクは、高齢化の問題を放置しろとは言っていない。また、長生きそのものを否定してはいない。ただ、長生きの仕方を問題視しているのだ。かつて彼は、「70歳以上の人間が政治家に立候補するのを禁じるべきだ」とツイートしたことがある。
イーロン・マスクには6人の子供がいる。
脳をアップロードして生き続ける未来図
イーロン・マスクが長生きをどう捉えているかは、彼が2016年に「ニューラリンク」(Neuralink)という新会社をスタートさせたことでわかる。
ニューラリンクとは、「ブレイン・マシン・インターフェイス」(BMI)で、脳にチップを接続し、脳で考えただけで電子デバイスが操作できるようにするAIを使った技術。脊髄損傷などにより手足にマヒを負った患者の日常生活をサポートするために開発された。
まだ、研究途上だが、ヒトの脳とコンピュータをつなぐことで、最終的に人類とAIが合体・共存することを目指している。
ヒトとAIが合体すれば、肉体は死んでも、脳は機械のなかで生き残る。脳を機械にアップロードする技術開発はすでに始まっている。つまり、人間はいずれサイボーグとなり、ポスト・ヒューマンの時代がやって来る。こうした未来は、すでにジョニー・デップが主演した2014年の映画『トランセンデンス』で描かれている。
イーロン・マスクは、こう言っている。「ニューラリンクの長期的な目標は、人類とAIが一体となり、それによって知能の民主化を達成することです」
(つづく)
この続きは5月5日(木)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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