日本に戻ってきた。11月の末から1月の中頃まで出稼ぎで日本をライブで回っている。ニューヨークではまだお金になる仕事は少なく、このように年に何度か日本に戻ってはニューヨークで生活するためのお金を稼ぎに行く。安くなる円を稼ぎに戻るんだから変な話だ。ベトナムの人が日本で暮らすために定期的にベトナムに戻って、ドンを稼ぐようなものか。
いま北海道から沖縄まで全国を回ってライブをやっている。東京ではブルーノートや、1000人の箱が会場だ。この俺の日本語でのスキルをニューヨークの仲間のコメディアンたちに見せてやりたい。「母国語の俺はこんな感じだぜ」と。
日本では毎日のようにうどんや蕎麦や、ラーメンを食べている。ニューヨークのうどんやラーメンはラグジュアリー化されてて、彼らはタキシードを着ているようだ。ニューヨークのラーメンを見ると「お前、そんな奴じゃないだろう、なに気取ってやがるんだ、ニューヨークデビューしやがって」と。日本では、地元の人たちが昼に作業着とかで通う店にあえて行く。
瀬戸内海の小豆島を回った時、フェリーから見える瀬戸内海の景色に心を奪われた、ここには700から1000の大小、たくさんの島があり、満潮で沈む島もある。小豆島で出会った白人のハンガリー人の男がこの島の景色に魅了されここに引っ越してきたと言っていた。マンハッタンの深夜まで鳴り響くパトカーの音、叫ぶホームレス、週末のパーティの音を何カ月も食らってる僕は、その島々の時間の止まったような世界に、一瞬、頭が白髪になり、浦島太郎のような時間の世界に入ってしまった。
マンハッタンの24時間止まらない電車、渋滞、みんなが急いでる世界からの瀬戸内海のフェリーは違う、フェリーは高速船とは違い、忙しくない、歩くように海を渡る。日本に来て1カ月が経とうとしてる。
「君に読む物語」って映画知ってますか? あの映画はアルツハイマーのおばあちゃんが、旦那さんのおじいちゃんのことを忘れてしまい、おじいちゃんがお見舞いに来るたびに「あなたは誰」と、おじいちゃんの大切な記憶を忘れている悲しい話。そんな感じで、ニューヨークで覚えた単語を忘れていってる。たった1カ月で沢山の英語が頭から消えている。あの辛かった記憶も、遥か遠い昔のように。ニューヨークでの時間は実は夢だったんじゃないかと思えてきた。
毎日ライブをし、ネタというよりほぼアドリブで話すこともあり、時にスタンディングオベーションが起きることもある。ライブ終わりにはみんなと夜中まで飲み、朝は港でコーヒーを飲んで、音楽を聴き海を眺める。夢なら覚めないで、と思っていたらInstagramのコメントにマンハッタンのコメディアン仲間のロイから「Bro come back」おれは我に返った。修羅の国からお呼びがかかった。そうだ、おれはここに来るのはまだ早い。
1月に戻った時に、ロイに「英語が下手になってる、お笑いが下手になってる」と失笑されないようにジョークを作らないと。日本滞在はあと1カ月。この竜宮城に、骨抜きにされぬよう、気をつけないと。
Profile:村本大輔
「アメリカでスタンダップコメディーがしたい」と2024年2月に、単身でニューヨークに来たウーマンラッシュアワー・村本大輔(43)。日本のテレビ界を抜け、アメリカのコメディーシーンに魅力を感じ自分を試すため、毎晩コメディークラブに飛び込みオープンマイクを握る。この連載では、そんな彼がニューヨークという劇場を舞台に繰り広げる、一筋縄ではいかずともどこか愛おしいニューライフをつづります。
公式INSTAGRAM
https://www.instagram.com/muramotodaisuke1125/
公式X
https://x.com/WRHMURAMOTO
ドキュメンタリー映画「アイアム・ア・コメディアン」
https://iamacomedian.jp/
過去のエピソード
第1回 「パクチーが、言えない」
第2回 「This is America!」
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