暑い気温が続き、大雨が急に行く手を塞ぐようにNYの街に降り注ぐ8月のある日、雅樹とは別れることになった。
近くにいたら、電話で別れるなんてことはなかった。顔を見たら、何かが違っていたのだろうか。いや、それとも、近くにいたら、こんなことは起こらなかったんだろうか。
なんで私はニューヨークに来たのだろう。
英語を話せるようになるのが夢だった。それを叶える切符を得て、アメリカという異国に行き着くまで、ココに来たら何かが変わるという夢を見ていられた間は幸福だった。日本の家族も友達も、スゴイと励ましてくれた。でも、NYに来ただけで夢が叶うわけじゃない。英語だって、まだまだ話せるようになっていない。こんな中途半端では、日本にだって帰れない。恥ずかしくって帰れない。
滅多に話さないお母さんにLINEで電話した。心配症だから、今まで弱音を吐けずにいた。
「どう?」「雅樹君と話してるの?」 母というものは妙に勘がいいところがある。
「…うちら、別れることにしたんだよね」
「そう。雅樹君、きっと寂しい思いしているわね」。お母さんがそう言ったとき、ありとあらゆることが溢れてきて、もうダメだった。ずっと我慢していた涙。優しく見守ってくれたのに雅樹を傷つけてしまった。そもそもNYに行かせたくない思いを我慢してくれていた。私がNYで成し遂げたい、こんなちっぽけなプライドのせいで。それでも私はNYを選んだ。涙が溢れた。
だけど、私だって寂しい。こんなタフな街で、一生懸命やっている(つもり)。どうしてこんな辛い思いしなくちゃいけないの。人生ってこんなに辛いの。お母さんの「もう泣かないの」だけが、私を包む。
次の日は、ブロードウェイミュージカルの「キンキーブーツ」が日本でやると聞いて、オリジナルを見たくて、チケットを取ってあった日だった。泣き疲れ、泣き腫らした顔で、ぼやっと見始めた。だけど、登場人物たちに次第に引き込まれ、彼らが歌う“とにかく一歩進もう”の歌詞に衝撃を受けた。「私の人生は私のもの。他の誰にも生きられない」。そんな台詞が降ってきて、最近のNYの雷のように、実華子を撃ち抜いた。
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