発端は寿司屋、続いてバーガーの「シェイク・シャック」
なぜ、ニューヨークでチップ廃止レストランが増えたのだろうか?
調べてみると、その口火を切ったのは、やはり日本食レストランだった。2013年に寿司の有名店「Sushi Yasuda」(スシ・ヤスダ)が日本式を掲げてチップ制を廃止したところ、メディアに取り上げられて注目された。
その後、有名なグルメ・ハンバーガー・チェーン「Shake Shack」(シェイク・シャック、日本にも何店かある)の創業者ダニー・マイヤーが、自身が率いるユニオン・スクエア・ホスピタリティー・グループ(USHG)系列の全13店舗でチップを廃止する(no-tipping policy)と表明し、一大ムーブメントになったのである。
ダニー・マイヤー氏がチップ廃止に踏み切った理由は、きわめて合理的だった。それは、チップが接客係だけが受け取れるもので、たとえば厨房係、調理人などのほかのスタッフには、その恩恵が及ばないからだ。また、接客担当者同士でチップをめぐってトラブルになることがよくあり、なかには訴訟になったケースもあったからだ。したがって、こうしたことを解消して、従業員の不満をなくし、さらに、調理人の報酬を上げれば、腕のいいシェフを集められて他店と差別化を図れると、彼は考えたのだ。また、顧客にとっても、チップ計算の煩わしさがなくなるので、一石二鳥、いや一石三鳥ではないかというわけだ。
USHGグループでは、チップを廃止することで、1800人の従業員の報酬が均等化されたという。ただし、一部メニューは当然だが値上がりした。ただ、今日まで「シェイク・シャック」のサービスが落ちたという話は聞かないので、この試みはいまのところ成功していると言っていいだろう。
連邦法を無視してチップはスタッフで分配
「シェイク・シャック」はチップの廃止に踏み切ったが、ニューヨークではチップの取り分をめぐって、一定のルールを設けてきたレストランが多い。つまり、チップをプールして、みんなで分けるという方式だ。
アメリカの連邦法では、プールされたチップを厨房スタッフやマネージャーと分配することを禁じているという。しかし、これだとお客が料理に対して支払ったチップは、調理人には入らない。そこで、連邦法は建前だけということにして、いろいろな分配の仕方が行われてきた。
高級レストランになると、様々なスタッフがいる。一口にウエイター、ウエイトレスといっても、ランナーと言って料理を運ぶ係、バッサーと言ってテーブルを片付ける係、そして料理の進行を気配りし、客を接遇するサーバーと分けられる。さらに、バーにはバーテンダー、フロントには案内係、キッチンにはシェフとその助手、皿洗い係などがいる。このうち、キッチンにはチップがいかないとしても、プールされたチップは、接客をした何人かで分けなければならない。
高級レストランでは、担当テーブルが決まっている。そのため、チップの5~6割は担当のウエイターなどが取り、残りを各係で、1割、1割5分といったふうに分けるという。
最低賃金を上げると非熟練労働者は仕事がなくなる
チップ制を廃止した「シェイク・シャック」は高級店ではない。ただし、USHGにはミシュランの星が付く高級店もある。こうしたすべての系列店で、既存のシステムを廃止して、すべての接客係を時給制にし、マネージャーやシェフなどは年俸制にしたものと思われる。となると、時給の基礎になる最低賃金が問題になるが、現在、アメリカでは最低賃金の引き上げが行われようとしている。ニューヨーク州では、ファストフード業界の最低賃金を2018年までに15ドル以上にすることが、オバマ政権下で決まった。カリフォルニア州などもそうだ。
しかし、チップ制を廃止した店で、スタッフをみな15ドル以上にできるかどうかは疑問とされている。なぜなら、USHGグループのなかの高級店、ミシュラン2つ星の「 The Modern」(ザ・モダン)では、厨房スタッフの平均時給は11.75ドルというからだ。これを15ドルに引き上げれば、料理の値段は大幅に上がるだろう。それができないと、多くのスタッフが首を切られることになる。
最低賃金を上げるというと、リベラルな人々はみな支持する。最低賃金は経済弱者を救うと、なぜか思い込んでいる。この日本でも、いま、最低賃金を上げる動きが進んでいる。しかし、これは大きな間違いであり、経済原理からいって、最低賃金はむしろ技能や経験に乏しい非熟練労働者を市場から排除してしまう。つまり、最低賃金を上げれば、生産性の低い労働者は仕事がなくなってしまうのだ。
ニューヨーク州レストラン協会は、「最低賃金の引き上げに際して、チップをもらっている労働者は対象から除外するよう求める」という運動をしている。これは、チップ制度がない日本では考えられないことだろう。(つづく)

【山田順 】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
この続きは、10月24日発行の本紙(アプリとウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
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