第八回:胡麻祥酎「紅乙女」と「クリームチーズ」
本日ご紹介するのは福岡県の紅乙女酒造が造る胡麻祥酎「紅乙女」。胡麻焼酎=「紅乙女」と、その代名詞代わりともなっている銘柄です。
こちらの蔵では焼酎を「祥酎」と表記します。「紅乙女」の生みの親である林田春野さんが「つらいことを忘れるためではなく、嬉しいときやおめでたいときの幸せを運ぶお酒でありたい」との願いと、新しい種類の焼酎という意味を込めて「祥酎」と命名したそうです。胡麻という原料に着眼した点も大変珍しいですが、林田さんが300年続く日本酒の蔵元「若竹屋酒造場」に嫁いだ女性という点にも注目です。1960年代、ウイスキーを始めとする多様な舶来酒の輸入が自由化され、日本酒は洋酒の勢いに押されていました。そんな中、春野さんの夫である若竹屋酒造の主人、林田博行さんが病床に伏し、不幸は重なります。かねてから香水を好んでいた春野さんは、香水のような上品な香りを持つ洋酒のような、しかし洋酒に負けない焼酎を造りたいと78年に「紅乙女」を誕生させました。春野さんは当時65歳。1人の女性が時代の苦境の中で生み出した胡麻祥酎は、優しく控えめな中にも上品な胡麻の香ばしさが口全体に広がり、しっかりとした強い芯を感じることができます。

そんな「紅乙女」に合わせたいのはクリームチーズです。最も身近なチーズの1つですが、近年ではスモークしたり味噌漬けにするなど、おつまみとしての人気も高く、その価値が再評価されています。発祥の地は諸説あるものの、1870年代の米国が有力で、ニューヨークの乳製品加工業者ウィリアム・ローレンスが「これまでにないほど豊かな風味のチーズ」を生クリームと全乳から作ったのが始まりとさています。そのまろやかさとクリーミーさは言うまでもなく、「紅乙女」と合わせると一層風味は増し、お互いを邪魔することなく、自然と相まって喉を伝って行きます。胡麻の香ばしさがクリームチーズによって優しく包み込まれる余韻は、ギュッと凝縮されたような感覚です。双方とも入手しやすいことから気軽に楽しめるのも嬉しいですね。

一口メモ
筆者が熱海のとあるおいしい干物とおでんを出す小さなお店にお邪魔したときのこと。数少ない前菜の中から焼酎のお供に選んだのがクリームチーズでした。同店のオリジナルでしたが、出てきたそのクリームチーズにはお醤油と鰹節がかかっていました。一見とてもシンプルですが、これ以上ないというほど焼酎に合い最高でした。ぜひ晩酌などに、お試しください。

大竹彩子
東京都出身。2006年、米国留学のため1年間ミネソタ州に滞在。07年にニューヨークに移り、焼酎バー八ちゃんに勤務。13年10月に自身の店「焼酎&タパス 彩」をオープン。焼酎利酒師の資格をもつ。
焼酎&タパス 彩
247 E 50th St (bet 2nd & 3rd Ave)
212-715-0770 www.aya-nyc.com
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