気になるニュースをピックアップ⑤ ホロコーストの時代を生き抜く(下)  進まぬ戦後賠償−ユダヤ系ポーランド人のハーニャ・ローゼンバーグさん

先週号から続く 
 第二次世界大戦中に強制収容所へ送られたユダヤ人が失ったのは家族だけではない。住んでいた家も財産も奪われた。ホロコースト最大の被害国であるポーランドでは戦後72年経っても賠償が進んでいない。
 5月10日付のニューヨークタイムズはスウェーデン在住のポーランド系ユダヤ人、ハーニャ・ローゼンバーグさん(82)のケースを紹介している。1934年生まれのローゼンバーグさんはホロコーストを生き延びたが、輸出入業を営んでいた父は強制収容所で殺され、家族が所有していた農地や庭園は戦後の共産主義時代に没収された。ローゼンバーグさんは彼女を匿い救ってくれた非ユダヤ人の家族に不動産を贈与したいとして所有権を求めてきた。
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ポーランド与党は賠償に否定的
 ホロコースト被害者の財産帰属問題は、戦後長く論議されてきた。490万人という「虐殺」の最大の被害国であるポーランドは、ホロコーストで財産を失った人たちに対する正式な手続きを確立していない唯一のEU加盟国だ。同国では財産返還を求める場合、各自が裁判所に申し出なければならない。ローゼンバーグさんも例に漏れず何度も裁判所に足を運んだ。たらい回しにされた当時のことを「まるで回転木馬のようだった」と振り返る。
 この問題をさらに複雑にしているのは、右派の「法と正義党」の躍進だ。同党はホロコーストの残虐非道を認めてはいるが、「ポーランドはドイツとソビエトの両方の被害者である」とし、被害者の子孫が補償を受ける基準について懐疑的だ。与党である同党のヤロスワフ・カチンスキ党首は昨年、「ポーランドは悲劇的な出来事の中で苦しんだ全ての人に時間を返すことができるのか?貧しいポーランド人の子孫が、金持ち(この場合は、ユダヤ人)の子孫に払うということか?」と語り、賠償に否定的だ。同国はナチスドイツの犯罪には責任を負わないとし、共産党時代の政府も、戦時中の不動産帰属要求の解決案は(既に)米国を含むいくつかの国との合意に達していると主張している。
 ポーランドの憲法裁判所は昨年、戦時中にワルシャワにある財産を押収された者の損害賠償権を大幅に制限する2015年の法律を支持した。同国外相は昨年イスラエルで、「ポーランドの法律は全ての人を平等に扱う。ナチスドイツやソ連、あるいは戦後の共産党政権が不法に没収した戦前の財産を回復する権利がある」と語っているが、ユダヤ人宗教団体連合会議長のレスラフ・ピゼフスキーさんは、「(国の)態度は全く変わっていない。裁判所は、申立人がそのプロセスを撤回するまで否定的な決定を出したり、プロセスの延長を企てたりしている」と非難する。

残された時間の中で苦闘する生存者たち
 ローゼンバーグさんは、ベルギーのブリュッセルで4月26日に開催された国際会議「終わらぬ裁き〜賠償と記憶」の席上で、祖父や父が所有した不動産の所有権返還を求めて闘い続け、ついには勝ち取り、彼女を救った家族に贈与した話を発表した。彼女の「命の恩人」は、エルサレムのホロコースト記念センター、ヤド・バシュムによって「命を賭してホロコーストからユダヤ人を守った非ユダヤ人」として「正義の異邦人」(編集部註)に認定されている。ローゼンバーグさんは同会議が状況改善の糸口になるのではと期待を寄せる。
 「私たちは26年もの間、自ら闘ってきました。20年経ったら何かが変わるかもしれないと人は言いますが、私たちの誰もが20年も待ってはいないのです」 (了)

編集部註:「命のビザ」で知られる在カウナス日本領事館領事代理=当時=の杉浦千畝は、「正義の異邦人」に認定された唯一の日本人。