「山のように買って山のように返す」楽しみ
アメリカの“返品自由文化”を楽しんでいる人がいる。私が敬愛し、懇意にさせてもらっている投資家のH氏だ。H氏は、この秋にニューヨークに移住し、現在、マンハッタンで暮らしている。
H氏はニューヨーク郊外ウッドベリーコモンズのアウトレットが気に入って、運転手とともによく出かけている。私も誘われたが、残念ながらスケジュールが合わず、断った。
H氏がアウトレットに行く理由は、そこに日本人向けのスモールサイズの服や靴が豊富にあるからだ。しかも、ブランド品はマンハッタンで買うのと比べたら3分の1。
それでH氏は、あるとき、「コールハーン」の靴を1度に6足買った。そして、サイズが合うのを除いて何足か返品した。
H氏はニューヨークに来る前はシンガポールに住んでいたが、「こんなになんでもかんでも返品できるのは信じられない」と言う。そして、「返品を始めたら病みつきになった」と苦笑いする。
日本を脱出して暮らす富裕層なのだから、庶民の味方の“返品自由文化”などどうでもいいと思うが、そうではないらしい。買い物をしては、返品するのを楽しんでいる。H氏から週に1本、投資に関するメールが来るが、その後半に「NY日記」があり、先日のメールにこうあった。
「自分の運転手など、同一商品の掃除機を10回返品したと自慢していました。山のように買って、山のように返す、返品文化です、安心して買えます。カードで支払いすると返品も楽です。領収書がなくても、支払ったカードが一致していれば大丈夫なのです。今日は、使用した42ドルのゴミ箱とハンガー30本を返品しました」
マーケティングにおける「保有効果」とは?
この返品の自由さが、アメリカの消費を牽引しているのは間違いない。日本はリスクを回避する文化だが、アメリカはリスクを取る文化である。つまり、返品というリスクを取っても、結果的にモノが多く売れればいい、利益が出ればいいと考える。
日本企業はとにかくクレームや返品を回避しようとする。そのために、多大な犠牲を払う。しかし、アメリカ企業は、クレームや返品が来るのはある程度当然と考え、それにこと細く対応するくらいなら、受け入れてしまったほうがいいと考える。どちらが合理的かと言えば、アメリカのほうが合理的ではないだろうか。
マーケティング用語に「 保有効果」(endowment effect)という言葉がある。これは行動経済学で唱えられた理論で、人間は、自分が保有しているモノに価値を感じ、手放すことに抵抗を感じるというものだ。また、保有期間が長くなるほど手放すことを「損失」ととらえ、回避しようとするという。
じつは、「返品自由」は、こうした理論に基づいている。返品が自由といっても、1度手にしてしまえば、そう簡単に手放さないと、売る側はわかっているのだ。お試しセット、試着、送料無料サービスなども、みな、こういうマーケティングの考え方に基づいている。
現金が使えない「Amazon Books」に行ってみた
さて、話を戻して、いま消費はリアルからオンラインに大きく変わろうとしている。まだアメリカほどではないが、日本でもリアル店舗の消費は減って、店舗の店じまいも多くなっている。これは、すべてITの発展によって、サービスが圧倒的に便利になったからだ。
したがって、リアル店舗での消費の仕方も、今後は大きく変わっていく。ITにより、リアルとオンラインが融合して決済されるようになるからだ。その先端を行っているのが、やはり「アマゾン」だろう。
2017年6月、ニューヨークでは「ザ・ショップス・アット・コロンバスサークル」3階に、アマゾンのリアル書店「Amazon Books」がオープンした。ここに行ってみると、会計方法はクレジットカードと「Amazon Prime Nowアプリ」の2つだけ。現金は使えない。「Amazon Prime Nowアプリ」の場合は、本の表紙のQRコードをスキャンするだけだ。あまりにあっけなくて驚いた。
すでにアマゾンは、シアトルで「Amazon Go」というコンビニをスタートさせていて、この店では、お客は入店する前にスマホの「Amazonアプリ」のバーコードをゲートにかざす。そして店内では、好きな商品を取るだけで決済完了となりレジがない。したがって、レジに並ぶこともなく店を出られる。このシステムはすべてAIによって管理されているという。
「思いやりゼロ」で贈り物も返品に!
アマゾンが今年「ホールフーズ」を137億ドルで買収して、傘下に収めたことはご存知だと思う。となると、いずれ「ホールフーズ」でも、レジを通さずに買ったモノを持ち出せる「Amazon Go」が導入されるだろう。このようなリアル店舗とオンラインの両方で決済できるサービスは、「Apple」「サムスン」「PayPal」などによって導入されている。
今後、オンライン消費、オンライン決済と、返品自由文化が融合して進んでいけばどうなるだろうか?
日本に帰ってきて、まったく盛り上がらないブラックフライデーのセールを見ながら、気分が暗くなってきた。
じきにクリスマスがやって来るが、アメリカ人は、クリスマスの贈り物も返品してしまう。せっかくもらったのに、気に入らないとストアクレジットに替えに行く。だから、贈り物をあげる側も、返品前提に「ギフトレシート」という金額が明記されていないが、店に持っていくとそのレシートで返品に対応してもらえるものを添える。まったく、思いやりもなにもあったものじゃないと思う。 (了、後編に続く)

【山田順 】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
この続きは、12月12日発行の本紙(アプリとウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
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