遺伝子学から見たY染色体継承への疑問
では、遺伝子の見地から、2つの点を専門家に聞いたので、以下、述べてみたい。
1つ目は、「突然変異」の問題である。
染色体というのはDNAがタンパク質に巻きつき、高次構造と呼ばれる複雑な構造をしている。この構造があるため、DNAの塩基配列は親から子へ受け渡される際に、一定の確率で変異が起こるという。
ヒトのY染色体は約5100万塩基対で成っていて、これが変異する確率は、およそ2世代で1塩基対とされる。したがって、単純に計算すると、今上天皇は神武天皇から数えて第126代になるので、Y染色体に63塩基対の変異が入っている可能性がある。
二つ目は、「相同組換え」という問題。
染色体(DNAの2本鎖)は、鎖が切れてしまうことがある。すると、遺伝子の情報が分断されたり、染色体が分解されたりしてしまうので、切れた染色体をつなぎ直すことになるという。この際、似た者同士で切れていないほうの相同染色体が切れてしまったほうの染色体のDNAを修復する。これが、「相同組換え」で、Y染色体は組換えが起こりにくいとされるが、それでも皇統は126代も続いているので、組換えが起こっていないと考えるほうが不自然であるという。
となると、保守派が言うY染色体による「男系継承による万世一系」を根拠づけるには、遺伝子解析による科学的証明が、どうしても必要になる。
歴代天皇のDNA解析ができない宮内庁の壁
遺伝子解析をするためには、まず、現在の今上天皇と上皇をDNAシーケンサーにより、Y染色体の全塩基配列を調べる必要がある。そして、それに基づいて、歴代天皇陵を発掘調査し、遺体からDNA配列を解析して比較する必要がある。
しかし、そんなことが可能だろうか?
物理的には可能である。
しかし、天皇陵を管理している宮内庁は、発掘調査をほんの一部を除いて許可していない。なぜなら、これは天皇という存在を無視した行為であり、その尊厳を毀損すると考えられるからだ。現在、日本には歴代天皇陵が112あるが、いずれも特別な場合を除いて、学術調査すら許可されない。
なぜ、宮内庁は認めないのか? もっと踏み込んで言うと、発掘調査されると天皇家のルーツに関わる発見がなされ、それによって、現在の天皇家の権威と地位が崩れてしまう可能性があるからだ。
さらに、天皇陵とされている墓所が、実際には天皇の墓所でない可能性もある。もしそうだった場合、宮内庁には取るべき方策がない。
世界一大きな墓所とされる仁徳天皇陵(大仙陵古墳)も、実際の被葬者は仁徳天皇ではなく別人ではないかという異説があるくらいだから、宮内庁が許可するわけがない。天皇の権威性と歴史の真実を天秤にかけた場合、現在の政治は間違いなく前者を取る。
遺伝子解析できたとしても継承は確認できない
歴代天皇の遺伝子解析は物理的にはできる。しかし、できたとしても解析されない可能性が高い。というのは、日本のような酸性土壌では、古墳を発掘しても骨が見つかる例は極めて稀だからだ。
それでも、歴代天皇は火葬ではなく土葬だから、保存状態によってはDNA採取ができる可能性はある。
しかし、それができた場合でも、何世代かにわたって連続して解析されないかぎり、遺伝子が継承されたかどうかの証明は不可能という。できるのは、天皇墓の遺骨のDNAが、同じような遺伝子を持ったどのグループに入るかを判定するだけであるという。
英国では、2014年に中部のレスターで発掘されたリチャード3世の骨のDNA鑑定を行った際、現在の王室とは男系が代わっていたことが判明した。Y染色体の一致が見られなかったのだ。
なぜ、そうなったのかは確かめようがないが、これは子孫の遺伝子を調べた結果、判明した事実である。
ただし、英国は男系、女系を問わない「両系継承」なので、現在の王室に影響はない。英国では何度か女系の王が誕生している。しかし、日本の場合、男系継承とされているので、英国のようなことが起これば、万世一系の正当性はなくなってしまう。
この続きは6月13日(金)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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