アートのパワー 第7回 黒人歴史月間(19世紀と現代の作家二人)(中)

アートのパワー 第7回 黒人歴史月間(19世紀と現代の作家二人)(中)

 展示会場の別の場所には顔の付いたジョッキが並べられていた。大西洋貿易は1808年に禁止された(米国内での奴隷売買は続いていた)。しかし、1858年に西・中央アフリカから400人の虜囚を運ぶワンダラーという船がジョジア州サヴァンナに入港し、そのうちの170人がオールドエッジフィールドに連れて行かれた。顔付きのジョッキの製作期はその時期に一致する。顔付きジョッキは、呪術用の儀式に使われるオブジェ「ミンキシ」によく似ている。西・中央アフリカの宗教儀式では、カオリン(高陵土―中国の陶器にも使われている)は聖なるもので、生きている者と死者とのコミュニケーションを円滑にすると考えられていた。オールドエッジフィールドで出土したカオリンは、顔付きジョッキに使われ、同じような霊的な意味が込められたのだろう。カオリンは医療的・霊的な目的に使われた(医療面でカオリンは膿みを止めるなどの性質を持つ)。この時期の作品にアフリカの美術、宗教、文化の再現が見受けられる。その隣に展示されているパワー彫像「コンゴのヌケス」は、顔付きジョッキとほぼ同じ時期に作られている。ヌケスは害を与える、癒す、守る等の霊的な力を持った彫像である。顔付きジョッキは単なる容器ではなく、精神(霊)が宿っているもので、見ていると逆に睨まれているような感じになる。

 この展覧会の展示物は奴隷であった人々に作られた。そのコレクション、展示、解釈に数々の疑問が湧いてくる。個々人の独創性や想像力をいかに評価するべきか。ストーンウェアは認められ、評価されて、価値も上がってきている。しかし、オールドエッジフィールドの陶芸家達の子孫には、その利益が還元されていない。賠償金の話もされている。興味深いことに、現在メトロポリタン美術館のコレクションに入っているデーヴ・ドレークの大きな壺の一つは東京の骨董品店で見つかったそうだ。どんな経緯で東京まで行ってしまったのかは知られていない。  最終日に展示会場で、4名の若いアフリカ系アメリカ人の詩人が展覧会からインスピレーションを受けた詩を朗読した。彼らの詩の朗読は、サウスカロライナ州オールドエッジフィールドのストーンウェア工場で労働を強いられた人々が語ることのなかったストーリーを「声」にしたものだった。。

 メトロポリタン美術館から数ブロック北にあるグッゲンハイム美術館では、ニック・ケイブ(Nick Cave)の30年間のキャリアの集大成「Foreothermore」 展が開催されている。タイトル名は「フォー(永遠)」「アザー(異なる)」「モア(もっと)」の合成語で、ケイブ本人が自分をアウトサイダーのクィア(LGBTに当てはまらない性的マイノリティ)であることを表現している。ケイブは、1959年ミズーリ州フルトンで生まれ、現在はシカゴに住み、教育者、ファッションデザイナー、アクティビストとして、またインスタレーション、ビデオ、パーフォーマンスの制作等、幅広い活動を行っている。若い頃アルヴィン・エイリーのダンサーであったことも彼の表現力を養った。貧しい家に育ったケイブは、もう他に使いようがない不用品や廃棄物を蚤の市などで集め、作品に再利用をしている。中には黒人差別への怒りを露わに表現した作品も目につく。

 メトロポリタン美術館でオールドエッジフィールドの顔付きジョッキを見た後ケイブの「プラットフォーム」(2018年作)という作品を見て、共通点と違いに気がついた。オールドエッジフィールドの顔付きジョッキは、霊的で宗教的な要素を持つ。ケイヴは拾った木製の黒人の頭や手を台座(プラットフォーム)の上に詰め込んでいる。同じサイズの頭や手が大量に生産されていたことを示し、アメリカで制度的な人種差別が長年続いていることを描いている。それは単なる祈りの手、それとも西・中央アフリカから北アメリカへ大西洋を横断する中間航路(Middle Passage)の奴隷船が入港日に間に合わせるためスピードを上げる方法として荷物のように海に捨てた奴隷たちが溺れ死んで行く姿だったのか。それとも奴隷の主人の気まぐれで切断された手なのだろうか。この作品は見る者に、頭と手を見下ろすように置かれた子供の頭は未来の希望なのだろうか、を考えさせられる。ケイブはこの作品を作ることで捨てられたモノに精気を与えている。 (下)に続く (写真:筆者)

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文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

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