津山恵子のニューヨーク・リポートVol.29 性被害事件を乗り超えて映画に 伊藤詩織さんが切り開いた道

 

津山恵子のニューヨーク・リポートVol.29

性被害事件を乗り超えて映画に
伊藤詩織さんが切り開いた道

映画がサンダンス映画祭やニューヨークデビューを果たした伊藤詩織さん。MoMA試写会にて

 

「私(に起きたこと)の真実を語るという信念が大事だと思いました」 と、ジャーナリストで性被害サバイバーの伊藤詩織さんが強調した。監督を務めたドキュメンタリー映画「Black Box Diaries」が3月6日、ニューヨーク近代美術館(MoMA)でニューヨークデビューを果たした。その対談イベントでだ。

伊藤詩織さんは2015年4月、TBSの元記者に東京都内のホテルで性被害を受けた。その直後から、日々の活動や思いを映像と音声で「ダイアリー」として記録。「ジャーナリストとして、ストーリーを、真実を語る」という姿勢を貫き、警視庁刑事との通話録音や、ホテルに連れ込まれる監視カメラの映像が映画に盛り込まれている。同時に、「被害者としての自分の感情にどう向き合うのか」という涙ながらの葛藤の告白もつぶさに記録した。

エンディングは、元記者を訴えた民事裁判の判決が最高裁で確定した際の笑顔いっぱいの映像だ。事件から8年が経過していた。

MoMAのシアターは、土砂降りの雨にもかかわらず、約400人の観客で満席に。上映中は、涙を拭う姿や鼻をすする音が目立ったが、最後はスタンディング・オベーションで感動の波が広がった。

伊藤詩織さんが成し遂げたのは、アメリカのオーディエンスを感動させる映画の成功だけではない。2023年に刑法改正が成立し、日本で初めて「不同意性交等罪」が盛り込まれた。不同意の性交は海外では当たり前に罰せられてきたのに、日本はそれを罰する法がなかった。このため、19年には父親による娘の性加害を含む「不同意性交」が4件も無罪判決とされた。これに対し、刑法改正以来、「不同意性交等罪」で起訴・有罪となったケースが相次いでいる。

伊藤和子弁護士(ヒューマン・ライツ・ナウ=HRN副理事長、ミモザの森法律事務所)によると、刑法改正の動きは、伊藤詩織さんの告発などが引き金だったという。

「伊藤詩織さんは、勇気を出して告発した、(他の被害者が)言えないことを言ったのに、待っていたのは事件の不起訴と(SNSなどでの)バッシングでした」。19年には、4件の性犯罪無罪判決を受けて抗議のフラワーデモが起きた。「なぜ処罰されないのか。刑法に問題がある」と、HRNなどが署名運動を展開、法務省が刑法改正の検討に入ったという。

「故ジャニーズ喜多川の性加害問題で被害者の告発が大きな社会問題となり、事務所が加害を認めたのは刑法改正の影響が大きい」 「#MeToo運動、伊藤詩織さんの告発などの流れは、決して無駄ではなかった。刑法改正という仕組みを作って、社会を変えるということができるんです」と伊藤和子さん。  

伊藤詩織さんの映画は、アメリカやアジアでの映画祭に出品され、劇場公開を目指す。

(写真と文 津山恵子)

 

津山恵子 プロフィール
ジャーナリスト。ザッカーバーグ・フェイスブックCEOやマララさんに単独インタビューし、アエラなどに執筆。共編著に「現代アメリカ政治とメディア」。長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

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