2025.02.28 COLUMN 小西一禎の日米見聞録

第16回 小西一禎の日米見聞録 米国でしておいた方がいいこと

春は別れと出会いの季節。転勤シーズンを間近に控え、日本への本帰国準備に忙殺されている人もいれば、米国での新たな生活に夢を膨らませている人もいるだろう。現地化して永住組とならない限り、駐在員家族には米国を去る日が必ず訪れる。今号の紙面テーマは新生活とのことで、2021年の本帰国から早くも4年を迎える我が経験から、「米国でしておいた方がいいこと」などについてお伝えしたい。

本場で味わえることは本場で

「厳正なる抽選を行った結果、残念ながら今回はチケットをご用意することができませんでした」。某コンビニ大手が運営するチケットサイトから、ここ数カ月で幾度となく同じ通知を受け取った。全力を挙げて取りにいったのは、MLBの開幕戦「ドジャース対カブス」(東京ドーム、3月18、19両日)。
 大谷翔平選手や今永昇太投手をはじめ、両チームには日本人が5人も所属しており、恐らく、とんでもない倍率に上ったことと思われる。応募条件とされた特別会費を払って、複数回の先行発売に参戦したが、あえなく敗北。先着順となった最終販売でもお話にならず、まったく縁がなかったようだ。もちろん、特別会員から即脱退した。
 「テレビ観戦の方がよく見られる」などと負け惜しみも言いたくなるものの、やはりMLBは本場で堪能した方が素晴らしい、と断言できるし、チケットは簡単に入手できる。今回のように、たまたま日本開催となっても必要以上にプラチナチケット化してしまい、もはや手の施しようがない。
 在米中、ヤンキースタジアムで数十試合を観戦したが、永遠のライバル・レッドソックス戦でさえ、チケットが取れないということはなかった。大谷選手のルーキーイヤー、2018年5月の「ヤンキース対エンゼルス戦」。田中将大投手との初対決で場内は多くの日本人で溢れたが、チケットはあっさり取れたと記憶している。
 同じことは、何もスポーツに限った話ではなく、ライブやミュージカル、オペラなどでも同様だ。米国人セレブの来日公演なんぞ、チケットを手に入れるのは難しい。一方、米国で暮らしていれば、彼らは「外タレ」ではなくなるため、日常生活の延長線上、普段暮らしているエリアで味わえる。これを知った時、非常に新鮮な思いを抱いたが、考えれば当たり前。そして、来日公演ほど取りにくくはないのではないか。

非日常な日々、どんなことも記録に

 最初は、あらゆる点で刺激を感じ取った異国生活も、時の流れとともに落ち着いてくる。現地暮らしに慣れた反面、非日常としか捉えられなかった日々がすっかり日常に変化し、ともすれば惰性にも陥りかねない。現状への不満が抑えきれず、米国にいるメリットを感じられなくなり、帰国を心待ちになる人も出てくることだろう。
 本帰国して日が経過すればするほど、かけがえのない在米生活の記憶は残酷なまでに薄れていく。ふと何かのきっかけで、当時のことを振り返ったり、調べたくなったりしたとき、心許ない人間の記憶を助けてくれるのは、縷々書き残した記事やブログ、SNS投稿、スマホに残された写真や動画だ。
 デジタルの時代ゆえ、どんどん撮影できるし、膨大な量の保存が可能。データの整理や消去は帰国してからでもできる。子どもの学校からの手紙スクショ、スーパーに並べられた食材、レストランでの食事…。むしろ、何気ない気持ちで撮影し、消さずに残したままのデータの方が、埋もれていた記憶をよみがえらせてくれる。
 日常を非日常に戻してくれるスペシャルな経験は旅行だ。金銭的に多少の無理をしてでも、それこそ本帰国が迫っていたら、借金してでも出かけた方がいい。特に、日本から直行便がないなど中々行きにくいエリアはオススメ。帰国した後、太平洋をはるばる十数時間かけて渡米し、時差ボケにさいなまれるよりも、気軽に行けるだろう。
 帰国した家に荷物が入りきらない、トランクルームに預けていた荷物がタイムカプセル化している、米国でしか入手できない食材(トレジョの調味料など)を買っても使わないまま賞味期限切れになるーなど「本帰国あるある」は数知れず。トランプ再登板で激動が続く中だが、何はともあれ米国ライフを楽しんでもらえたらと切に思う。

小西 一禎(こにし・かずよし)
ジャーナリスト。慶應義塾大卒後、共同通信社入社。2005年より政治部で首相官邸や自民党、外務省などを担当。17年、妻の米国赴任に伴い会社の休職制度を男性で初取得、妻・二児とともにニュージャージー州フォートリーに移住。在米中退社。21年帰国。コロンビア大東アジア研究所客員研究員を歴任。駐在員の夫「駐夫」として、各メディアに多数寄稿。「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。専門はキャリア形成やジェンダー、海外生活・育児、政治、団塊ジュニアなど。著書に『妻に稼がれる夫のジレンマ~共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)、『猪木道~政治家・アントニオ猪木 未来に伝える闘魂の全真実』(河出書房新社)。

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