-
Tricultural Voices from Keio Academy of New York #13
-
Tricultural Voices from Keio Academy of New York #12
-
Tricultural Voices from Keio Academy of New York #11
-
Tricultural Voices from Keio Academy of New York #10
-
Tricultural Voices from Keio Academy of New York #9
-
Tricultural Voices from Keio Academy of New York #8
アメリカの夢、アメリカの悪夢
ブッククラブ報告:
ナオミ・ヒラハラ「クラーク&ディビジョン」(2021年)
巽 孝之/TATSUMI Takayuki
(慶應義塾大学名誉教授/慶應義塾ニューヨーク学院第10代学院長)
去る3月21日、慶應義塾ニューヨーク学院はオムニバス”Triculture”講演シリーズに、「生ける伝説」古本武司さんをお迎えした。なにしろ古本さんは戦時中の1944年にカリフォルニア州ニューウェル近くにあったトゥーリーレイク日系強制収容所で生まれ、戦後は家族の故郷である広島へ戻されるも、やがて再び西海岸に帰ってベトナム戦争に従軍したという数奇な経験の持ち主。NHK国際放送でもドキュメンタリー番組のテーマとなり、たまたま目にした私は、その波乱万丈の半生に度肝を抜かれたものである。今回、その歩みを81歳になるご本人から直接うかがい、まだまだ「アメリカの夢」への信頼がゆるぎないのを確認したことは、ニューヨーク学院ならではの歴史体験であった。

もちろん現時点からすれば、日系強制収容所はべトナム戦争と並ぶ「アメリカの悪夢」の一つである。べトナム戦争は、いかなる大義もないまま多くの生命が犠牲になりアメリカが敗戦に追い込まれた悪夢であった。一方、日系強制収容所は日本軍による真珠湾奇襲がきっかけながら、同じ枢軸側のドイツ系アメリカ人もイタリア系アメリカ人も強制収容所送りにはならなかったのに、日系アメリカ人だというだけで警戒され人権も蹂躙された悪夢であった。
ドイツ系アメリカ作家にはカート・ヴォネガット・ジュニアがいるが、彼などはアメリカ軍の兵士として、自らの先祖の出身地であるドイツを敵国として攻撃するもドレスデンで捕虜となり、味方であるはずのアメリカ空軍から絨毯爆撃を受けた体験が傑作「スローターハウス5」(1969年)に結実し、わが国でも多くの愛読者を得るに至っている。
ところが日系アメリカ人だけは、1942年2月19日に発布されたフランクリン・デラノ・ローズべルトの大統領行政命令9066号によって、明らかな人種差別的理由により家も財産も没収され、強制収容所送りにされてしまった。とてつもない不条理と呼ぶほかない。かくして民主主義国家にあるまじきこの政策は以後の日系アメリカ人共同体から激越な批判を浴びることになり、やがてレーガン政権の1988年を迎えてようやく、日系アメリカ人の立ち退きと強制収容を巡る謝罪と補償を求める市民的自由法が成立した。それは半世紀近く前、ローズべルトが下した大統領行政命令そのものが誤りであったことをアメリカ政府が容認した瞬間だった。この時、「アメリカの悪夢」は再び「アメリカの夢」に生まれ変わった。
こうした建設的な変化の背景には、政治的運動に勝るとも劣らぬ形で文学的活動が介在している。戦後、強制収容所を何らかの形でモチーフに据えた日系アメリカ人作家は、トシオ・モリやヒサエ・ヤマモト、ジョン・オカダ、ジャンヌ・ワカツキ・ヒューストン、カレン・テイ・ヤマシタ、宮内悠介など枚挙にいとまがないし、映画「スター・トレック」で著名なスター俳優ジョージ・タケイも、前掲古本氏と同時期にトゥーリーレイク強制収容所に入っており、当時「敵性外国人」と差別された経験を自伝にまとめたほどだ。そう、日系アメリカ人強制収容所は、謝罪と補償を獲得した現在でもなお、その経験の精神的外傷(トラウマ)を拭い去ることはできず、むしろ半世紀ほどの歳月を経た現在になってようやく言語化できるようになった者もいるほどなのである。
そんな強制収容所文学の中で異彩を放っているのが、カリフォルニア州パサデナ生まれの日系アメリカ人2世の女性ミステリ作家、ナオミ・ヒラハラ(Naomi HIRAHARA)だ。両親は共に広島に実家を持ち1960年に結婚。作家自身は生年を明かしていないが、おそらく60年代初頭の生まれと推測される。
スタンフォード大学卒業後は東京で日本語と日本文化を学んだ後、羅府新報の編集者として活躍。やがて2004年に日系人庭師マス・アライを探偵役にしたシリーズを書き始め、その第3作「スネークスキン三味線/Snakeskin Shamisen」(2006年・富永和子訳、小学館から08年発行)で07年度アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)最優秀ペーパーバック部門賞を受賞。エドガー賞は昨今では、桐野夏生や東野圭吾が候補に挙げられ、それだけで話題になるものの、実は日本人では1998年に早川書房の現会長・早川浩が、そして日系人ではヒラハラが、既に受賞しているのである。
こうした出自のためか、ヒラハラ文学の特徴は、必ずと言っていいほど日系強制収容所をモチーフに据えている。その最近作が「クラーク&ディビジョン/Clark and Division」(Soho Press, 2021)であり、読みやすく面白いので今回のブッククラブのテキストに選んだ。

舞台は1944年のシカゴ。タイトルは同市内の街路名。カリフォルニアのマンザナー強制収容所からシカゴへ転住してきた伊藤家を中心とする物語が展開される。一足先に準備するためシカゴへ行った長女ローズは一家の希望の星だったが、いざ両親と次女アキが到着してみると、ローズは亡くなっていた。自殺と言われているが、他殺の線も捨てきれない。あれほど家族思いだったのに一体なぜ? はたして物語のヒロインとなるアキが探偵役を務め、姉の死の謎を追っていくうちに、そもそもシカゴへの転住を可能にした姉の秘密と、戦時中ならではの特殊な法律を逆手にとって私腹を肥やしていた黒幕の姿が浮かび上がってくる。アキ自身のロマンスもふんだんに盛り込まれ、ページを繰る手がもどかしくなるほどスリル満点の小説だ。以下、ブッククラブの面々によるそれぞれ個性的なリポートを、どうかじっくりお楽しみいただきたい。

沈黙の奥にある真実
横井冴子(よこい・さえこ/YOKOI Saeko 12年)
今回はナオミ・ヒラハラの「Clark and Division」を読んだ。この作品で特に印象に残ったのは、歴史が単なる背景ではなく、登場人物たちの感情や選択、そして言葉にはできない思いにまで深く入り込んでいる点である。物語の主人公は、収容所を出た後、家族とともにシカゴへ移る伊藤アキである。姉のローズと再会するはずだったアキは、到着してすぐにローズが不審な状況で亡くなったことを知る。こうして物語は姉の死の真相を追うミステリーとして進んでいくが、この作品が問うているのは「誰が犯人なのか」だけではない。むしろ、なぜ真実にたどり着くこと自体がこれほど難しいのか、という社会のあり方そのものが問われていると感じた。この小説では、悲しみ、罪悪感、差別、忠誠心といった重い感情が、表面上の礼儀正しさや沈黙の裏に隠されている。特に印象に残ったのは、アキが姉の死によって周囲から助けを得やすくなっていることに気づく場面である。彼女はこう語っている。
“As Mr. Jackson got on the phone to communicate with my future employer, I felt a pang of guilt. Being the younger sister of a dead Nisei woman gave me an advantage over all these other people. I didn’t want any special consideration, but I had my parents’ well-being to protect. I had to accept.”
この場面からは、不正な社会の中で生きることが経済的な困難だけでなく、罪悪感や自責の念まで生み出してしまうことがひしひしと伝わってくる。アキはその有利さを喜んでいるのではなく、本当は複雑な気持ちを抱えながらも、家族を守るために受け入れざるを得ないのである。この点は、私自身がアメリカで学ぶ日本人として少し共感できる部分でもあった。もちろん、日系アメリカ人が第二次世界大戦中に経験したことと自分を同じように語ることはできない。しかし、周囲にとって「扱いやすい存在」でいようとしてしまう感覚や、誤解されても強く言い返さず、静かで礼儀正しいままでいようとする感覚には重なる部分があると感じた。この作品を通して、沈黙は単なる性格ではなく、差別や恐れの中で身に付いた生き方でもあるのだと気付かされた。「Clark and Division」は、歴史が日常の小さな場面の中に生き続けていることを教えてくれる作品である。そして、真実を求めることは姉の死の謎を解くことだけでなく、沈黙や恐れによって隠されてきたものを見ようとすることでもある。アキの静かな強さは、その大切さを読者に暗に示していると考える。
「仕方がない」という逃げ
田中海緒(たなか・みお/TANAKA Mio 12年)
本書の主人公であるAkiは、完璧だと思っていた姉のRoseが死んだ理由を探しながら一人の人間として成長していく。その際に、日系2世であるがために受ける差別、彼らの弱い立場が赤裸々に書かれていた。警察は日系人の不慮の事故としてRoseの死を片付けようとし、両親も仕方がないと諦めていたが、Akiだけは違和感を抱き人種差別を受けながらも真実を突き止めようとした。RoseはAkiの誇りだったが、Akiは彼女が死んだ理由を探るうちに自分は幻想を抱いていたことに気が付く。Akiはこのまま調査を続けても自分にとっての姉のイメージが崩れるだけだと分かっていながらも、姉の死の真相を追い求めた。姉が死ぬまでは彼女の影に隠れて静かに過ごしていたAkiは、この調査を通して姉の人生を辿り、妹としての守られる立場から一人の勇気ある人間へと成長したように見受けられる。
現在、人種や性別による差別は世界中で存在している。その差別を無くすには、Akiのように回りに流されずに根気強く自分の意見を信じ貫き通す勇気が必要なのではないか。人種差別という大きな問題でなくても、納得がいかないことがあった際に「仕方がない」と諦めている人は大勢いると思う。私もそのうちの一人で、どうせ何をしても結果は変わらないと思っている節がある。だが、人種差別という途方もなく大きな壁にぶつかりながらも諦めないRoseをみて、「仕方がない」というのはただの逃げなのではないかと感じた。これからは、「仕方がない」と思う前に一歩踏み出して自分の意見を大切にするべきだと思った。
事実を求めることを選んで
山邉佳奈(やまべ・かな/YAMABE Kana 12年)
価値観によって人の行動の良し悪しは変わると痛感したのが本書、Naomi Hiraharaの「Clark and Division」だ。現代では、「自殺者」と聞くとなんとなく「保護できなかった命」として受け取られ、被害者とも思われる場面が多いと思う。また日本では望まない妊娠をしてしまった場合、「中絶」という選択肢を取ることも許されている。だがこの本では違った。キリスト教の影響もある中、中絶をして自殺をした疑いがある主人公の姉は、一種の犯罪者として受け取られる。日本人を強制収容所に入れて監視するのが非道徳的だと思われていない当時のアメリカで、現在では犯罪として扱われないはずの行動を取った姉が犯罪者として扱われるのはとても皮肉めいているのではないのだろうか。
歴史を見ても、自分の人生を省みても、価値観は時間とともに変わっていくと分かるだろう。価値観によって、何が良いとされ、何が悪いとされるかは変わると思う。ただ、この本を読んでそうやって目まぐるしく価値観や行動の良し悪しが変化する中、大切なのは探究心なのではないかと思った。主人公は姉に似てとても好奇心旺盛で、自分の姉は自殺をするはずがないと信じ、いろんなところに足を突っ込む。当時の日本人女性で危険な立場にいるのにもかかわらず、真相のために必死な恐れ知らずの主人公を見て、私は行動の良し悪し関係なく事実を知るには探究心が必要なのだと気付いた。行動の良し悪しが人の価値観によって変わってしまうならば、私たちが必要なのは何のフィルターもかかっていない「事実」を知ることなのかもしれないと強く思った。
大きな正義、小さな勇気
後藤大輝(ごとう・だいき/GOTO Daiki 12年)
私は日本人である。”2世”でもなければ”ハーフ”でもない。兄弟もおらず、ただ私はひとりっ子として愛情を注がれて生きてきた。18歳となり、社会的責任を背中に背負わなければいけない状況下でもそれは同じだった。この物語の主人公であるアキはその点においては私より成熟しているのかもしれない。彼女は姉であるローズの死という悲劇に直面しながらも、己の正義を持って行動することで、権力の濫用、社会の不正、そして日本人としての差別と対峙する。彼女の行動は、個人の正義感が社会を変える可能性を示すと同時に、責任を負うことの重さも浮き彫りにしているのではないか。そう思ったのである。
物語の中での正義の追求は必ずしも明るい結果や簡単な解決につながるわけではない。ローズは自らを犠牲にしてアキを家族を守る選択肢を選び、正義という名の下に命を失う。この点は、現実世界で”正義”を全うしようとするのであれば、ありがちなヒーロー映画のような自分も周りも結局みんな幸せに、というエンディングではなく、残酷な死を伴う必要性がある場合があるということを強調している。
しかし、ここで興味深いのは、自分の命を失ってまでローズが全うした正義をアキは彼女自身の別の”正義”の追求のために一度投げ捨てる、いわば自分を死のリスクに置くという選択肢を取るということである。いわばこの物語の中心となるアキの正義の追求が個人的なリスクや精神的な重荷と結び付いているということである。彼女はローズの死の真相を追うことで、自身の安全も揺らぎ、家族の生活や社会的立場にも影響を及ぼす可能性に直面する。正義へのリスクテイク、自分の信じる道のためにどれだけ自分を犠牲にすることができるのか。少なくともそれほどの正義感を私はまだ持ち合わせていない。
命を賭すまでの正義感、それを必要とされる世界は現在存在しているのだろうか。いや、きっと私たちレベルでは存在しないのかもしれない。しかし、小さな正義感を試される状況は多いのではないかと考える。いじめ、差別、噂、それを目撃した際に声を上げることができるのか。自分たちが嘘に塗れた噂を発信する側には立たないぞという覚悟。私たちにはそれが求められているのではないだろうか。
物語を読み終えて随分と経った今、私はいまだに考える。自分の正義とは何なのだろうかと。ローズが示した自己犠牲と、アキが背負う社会的責任。その両方が現実世界で、日常生活で、どう翻訳できるかは私にとってまだ答えの出ない問いである。しかし確かに言えるのは、正義とは一人で勝手に掲げる理想ではなく、行動と責任によって支えられるものだということだ。そしてその責任は、自分の生活や周囲の人々との関係に必ず影響を及ぼす。
アキの姿は私たちに問いかけているのではないだろうか。椅子に腰掛け、ニュースを眺め、SNSでは顔が見えないからと批判を繰り返す私たちに、自分にできる正義の行動を取る勇気はあるか、と。その行動がもたらす結果に責任はあるのか、と。クラスメイトが傷つけられたとき、何もせず見過ごすことは、目の前で正義が試されている瞬間を放棄することに等しい。友人が不公平な扱いを受けたとき、声を上げられなかった自分を振り返る。そのたびに、私たちは小さな勇気を持つことの意味を理解するのではないだろうか。命を賭す必要はなくても、心の一歩を踏み出すことで正義は少しずつ形になるということの意味を。
RECOMMENDED
-

客室乗務員が教える「本当に快適な座席」とは? プロが選ぶベストシートの理由
-

NYの「1日の生活費」が桁違い、普通に過ごして7万円…ローカル住人が検証
-

ベテラン客室乗務員が教える「機内での迷惑行為」、食事サービス中のヘッドホンにも注意?
-

パスポートは必ず手元に、飛行機の旅で「意外と多い落とし穴」をチェック
-

日本帰省マストバイ!NY在住者が選んだ「食品土産まとめ」、ご当地&調味料が人気
-

機内配布のブランケットは不衛生かも…キレイなものとの「見分け方」は? 客室乗務員はマイ毛布持参をおすすめ
-

白づくめの4000人がNYに集結、世界を席巻する「謎のピクニック」を知ってる?
-

長距離フライト、いつトイレに行くのがベスト? 客室乗務員がすすめる最適なタイミング
-

機内Wi-Fiが最も速い航空会社はどこ? 1位は「ハワイアン航空」、JALとANAは?
-

「安い日本」はもう終わり? 外国人観光客に迫る値上げラッシュ、テーマパークや富士山まで








